夏休みに入ったからと言って遊んでは居られない。11月には磐田第一の推薦入試が待ち構えているし、夏休みに入った事もあってユースの練習も試合も頻繁。ナショナルチームとして海外に遠征に行く話もあり、今年は今までに無いほど忙しい日々が続いていた。


「圭介、熱ある?」
「急に何だよ?」
「こんな所で単語帳広げるなんて、熱があるとしか思えない」
「お前なぁ・・・」


俺、山口圭介は、久しぶりにあった平馬の失礼な物言いに呆れ過ぎて怒る気力を失った。周囲でクスクスと笑い声が上がる。きっと今のやり取りが面白かったのだろう。


「ケースケくんも僕も受験生ですからね」


そう言って俺達の会話に入って来たのはスガだった。世代の平均より高い俺達の中でも、190cmという長身は良く目立っていた。


「受験生なのは知ってるけど、ここまで来て単語帳広げる圭介って・・・何か薄気味悪い」
「わーるかったな」


俺だって必死なんだよ、と平馬に言って再び俺は単語帳に目をやった。


「ケースケくんってそんな頭悪くなかったですよね〜?」
「え?そうなの?」


頭悪そうに見えるのに、とポツリと平馬が呟く。


(お前、どこまで失礼な奴なんだ、平馬!)


しかし、言った所で聞くような奴では無いのでぐっと堪えると、


「この間、学年13位だった」
「随分頑張りましたね〜」


そう言うと、にこにこと上からスガが笑う顔が見えた。平馬は驚いたように目を大きく見開くと、


「圭介、頑張ってどこ行く気?」


と尋ねた。


「磐田第一」
「うわぁぁぁぁぁ、チャレンジャー!」
「チャレンジャー言うな!」


突然の平馬の叫びに、珍しい物を見た顔つきになった見慣れた顔ぶれがぞろぞろと俺達の周囲に集まる。何?何かあったの?と藤代や若菜と言った好奇心が強い奴らが、黙って話を聞いていた千裕に内容を聞いているのが見えた。


「磐田第一ってそんなレベル高い所なんですか〜?」


神奈川在住のスガには静岡の学校事情を知る筈も無く、平馬が「磐田市周辺ではトップクラス、県内でもだけど」と説明すると、スガは目を細めてまじまじと俺を見つめた。


「ケースケくん?」
「な、なんだよ、スガ?」


嫌な予感がして、顔が引き攣り気味になるのを抑えつつも尋ねると


「ケースケくんをそこまで動かしたものって何です〜?」


将来、サッカーで生きる気満々なんだから、サッカー推薦でも無いのにレベル高い所に行く必要ありませんよね?そうスガは尋ねて来たのだが、すぐに思い当たる節が見つかったのだろう。あれ〜?と言いながら首を動かし、


「あ、もしかして『スガ』って命名してくれた子が関わってます〜?」


と、聞くと言うよりは断定に近い強い口調でスガは言った。図星だった俺は「ぐっ」と思わず唸ってしまい、正解を言い当てたスガは


「今度紹介して下さいよ〜」


と猫撫で声で強請って来た(こえぇよ、スガ)。駄目と言うと余計あれこれ言われるだろう。そう判断した俺は


「ま、機会があったらな」


と、前向きさが感じられる言葉で返したのだった。


(絶対会わせない)


そんな俺の決意など微塵も見せないようにして。







海外遠征を終え、成田空港に着いた俺達。九州、北海道と言った遠距離の奴らはここでお別れ。スーツケースを手に「またな」と言う城光達は、国内線のカウンターの方に歩いて行った。それを見送り、俺達もエクスプレスで東京駅に移動する。移動も慣れている俺達は、東京駅で解散となった。俺は平馬達と東海道・山陽新幹線の改札を潜る。ホームで新幹線を待っていると、携帯にメール。からだった。


『おかえり。お疲れ様』


たったそれだけの短い文章だったが、疲れが少し取れて体が軽くなったような気がした。




家に帰る頃には日が暮れていた。「ただいま」と言うと、母さんの声がした。ああ、帰って来たんだと実感する。買って来たお土産を渡そうとリビングに行くと、キッチンに居た母さんが、


「おかえり。圭介のクラスの女の子から電話があったわよ」


と、言った。以外、電話を掛けて来るクラスメイトの女の子はまず居ない。俺は首を傾げると、キッチン傍の電話機の傍のメモ帳を見た母さんが「一昨日の17時、クラスメイトのさんって子から。戻って来たら電話するって言ったから掛けなさい」と言った。俺は頷いて「これお土産」と自宅用のお土産を手渡すと、電話の子機を持って部屋に1度行く事にした。




母さんの字で『さん』と書かれたメモ帳は、名前の下に携帯番号が書かれていて、俺はその番号に掛けてみる。コールする事数回、さんは思ったよりも早く電話に出た。


「あ、さん?俺、山口です」
「あ、山口君。こんばんわ」
「電話貰ったみたいだけど、何の用だった?」
「ああ、それなんだけどね・・・」


「私が鈴木君と付き合い始めた話は知ってるよね?」から始まったさんの話。俺は頷くと、今のあのカップルの状況を色々と説明されて(羨ましいなぁ・・・)どうやらさんは鈴木に夏祭りに誘われたらしい。


「へぇー、良かったじゃん」
「そうなんだけどさ」


さん曰く、恥ずかしいらしい。


「なんで?」
「だって初デートで浴衣だよ!」


剣道部の鈴木は普段から胴着を着ているせいか、さんに浴衣姿を見たいと頼んだらしい。その男らしい要求に、俺も負けてられないと思わず思ってしまったが、そもそも付き合ってすら居ない俺は勝ち負けで言ったら鈴木に負けている訳で。その事に気付きへこんでいると、電話口でさんが


「お願い。助けると思ってダブルデートして!!」


と、言った。




「ダブルデート?!」


思わず大声になってしまった俺はその後すぐに「あ、悪い」と言うと、特にさんは気にした様子も無く、「私と鈴木君とと山口君で夏祭り行かない?」と言った。


「え、いや、ダブルデートって言われても」
「お願い〜」
「いや、がOKするかわからないだろ?」
の了承なら貰ってるよ。山口君次第だって」
「あー、でも、そもそも俺ら付き合ってないじゃん」


そう俺が言うと、さんが「そっかー」と諦めたように呟く。さんには悪いけど、恋人同士でも無い俺達がカップルと一緒に行動するには少し抵抗が、・・・少なくても俺にはあった。


「そっかー。山口君は無理かー」
「悪いな」
「じゃあ、君が代役でと行くらしいからそっちに頼むわ」
「はぁ?!」


思いもよらぬ話の流れに俺は思わず呆気に取られた。さんはそんな俺を気にせず話を続ける。


「最初、君に頼んだのよ。そしたら彼女の方が部活忙しいらしくてね。山口君とに頼んでって言った時に、もし山口君が忙しいなら代役で行ってくれるって言ってくれたの」
「あいつ・・・」


が完全に俺が断る事を想定してそう言っている事に気付いた俺は、一気に遠征の疲れがどっと来たような感覚に襲われ、大きく溜息を吐く。掌で踊らされてる感が否めない。だけど、が他の奴と・・・例え彼女持ちのと頼まれたからと言ってデートに行くのは嫌だった。電話口でさんが俺を呼ぶ。反応を見せた俺に「どうする?無理?」と聞いたさんに俺は「いつ?何時から?」と聞くしか選択肢は残されていなかった。




電話の最後の方で、「も私も浴衣だよー。お楽しみー」と言ったさんの言葉に、俺は「行く」と答えて正解だったとつくづく思った。


(他の野郎と浴衣姿でデートとかさせれねぇ!)










言い訳
平馬は親しい相手になればなるほど毒を吐くイメージが。圭介はわかっているので、あえて何も言いません。言っても無駄なので。