その嵐のような電話は夏休みに入って数日後に掛かって来た。


「お願い、君!私とデートして!!」


部活が終わり、不在着信の履歴にさんの名前を見つけた俺は、部活の奴らとの帰り道、1人、また1人と別れて行き、最後に1人になった時に掛けてみる事にした。コールボタンを押し、携帯を耳に当てる。トゥルルルルルと言うコール音が鳴る事、2回。俺、の電話をずっと待っていたような速さで、さんは電話に出た。そして。


「お願い、君!私とデートして!!」


第一声がこれである。5W1H。いつ、どこで、だれが、何を、何故、どのように。その殆どの情報が与えられず、いきなりの台詞(しかも結構鬼気迫ってる所を見ると、結構焦ってる?)に押され気味になりながらも、俺は「とりあえず落ち着いて。何があったか話してよ」と言ってみた。


「えっとどこから話せば良いのかな・・・」
「思いつくまま話せば良いよ。こっちで纏めるから」
「えっと、あの、その・・・」
「うん」
「鈴木君と付き合う事になりまして」
「そうなんだ、おめでとう」


俺に恋人が居ると言う事を知っていて(体育祭の時にばらしたから、クラスはおろか同じ学年の人は知ってるみたいだ)恋愛話は言い易いのかも知れない。照れながらも、色々と話してくれるさんの声を聞いて、俺はそう思った。


(山口もこれくらい頑張って貰わないとなぁ)


余計なお世話だろうが、つくづくそう思ってしまう俺が居た。




「・・・つまり、鈴木に夏祭りの花火を見に行こうと誘われたけど、初デートが夏祭りでしかも浴衣をリクエストされたから恥ずかしくてダブルデートでお願いしたって事?」
「うん。鈴木君もOKしてくれた」
「・・・したんだ」


きっと鈴木は2人きりでデートしたかったんだろう。そうでなければ可愛い出来立ての彼女の浴衣姿など、他の男に見せたいと思うだろうか?


「それでね、ダブルデートのカップル、もう1組探してるんだけど、君達はどうかなって思って」
「俺達ねぇ」


夏休みと言えど休み無く部活がある恋人を思い出し、俺は「悪いけど・・・」と断りの言葉を口にした。「そっかー」と残念そうに呟くさん。心当たりがそう無いのだろう。「誰か私が知ってそうな人で、カップル居ないかな?」と尋ねて来た。


「カップルねぇ・・・」


真っ先に思い浮かべたのは、先程まで一緒にボールを追い掛けた部活仲間。しかし、どれもこれも「彼女が欲しい」と年中言ってる姿しか見た事が無いので、当てにならないだろう。次に思い浮かべたのが、さん。さんと親しいさんなら、ダブルデートも引き受けそうだし、何よりも相手役がいる。


(しかし、あの捻くれ者が引き受けるかなぁ)


普段は爽やかだったり、優しかったり、率直だったりするさんの幼馴染。山口圭介は、どうも幼馴染相手の恋愛に関してはイマイチ素直じゃないというか、照れが先行していると言うか・・・。


(ああ、これが俗に言うツンデレって奴?)


そんな事を考えながら「山口とさんは?」と尋ねると、さんも同じ印象を受けているのだろう。


はともかく山口君がOK出すかしら?」


と言った。俺は今までの2人の会話を思い出し、


「それならまずさんに確認してみなよ。多分、さんは自分は良いけどそれだと山口は来ないと思うって言うから。そしたら山口が来る時はさんも来てねって言ってね。勿論、格好は浴衣指定で。その約束を取り付けたら、今度は山口に電話。誘ったらあれこれ何か言って断ると思うから、そしたらこう言ってね。『山口君が忙しくて無理なら、代わりに君が行くって』多分これで来るとは思うけど、まだ渋るならさんも浴衣で来るって言えばほぼ確実に来ると思うよ」


と言った。自信満々に俺は言ったのだが、さんは心配そうに「大丈夫かな?」と呟いた。初デートと言う事もあって、色々心配なのだろう。俺は最後に駄目押しで


「大丈夫、山口はほぼ間違い無く来る筈だよ。だって好きな女の子が他の男とダブルデート、しかも夏祭りで浴衣着て行くと言われたら黙っていられる筈が無いんだよ」


と、力説すれば安心したようにさんは、


「ありがとう。今から掛けてみるね」


と、先程までの不安が滲み出た声音とは違った明るい声で言った。


「頑張って。あ、後、大丈夫だとは思うけど」
「何?」
「山口がそれでも行かないってごねた時は、俺が行くから電話してよ」
「うん、ありがとう。君。またね」


「またね」と言って電話を切る。携帯を鞄にしまった時には、周りの風景は家の近所の物に変わっていた。


(俺も本当自分以外の事で頑張ってるよね・・・)


そんな自分に呆れが半分、案外こういう自分もアリだと思う気持ちが半分。2つが交じり合い、俺の中で染み渡る。


(そういや、サッカー部でも夏祭り行くかって言ってたね)


もし、電話が来たらどうしようか。そんな限りなく低い確率の事を考えながら、俺はマンションのエレベーターのスイッチを押した。