俺の知り合いの知り合いに凄い人が居る。その人は今回海外遠征で一緒に行った、ナショナルトレセンチームのチームメイトの幼馴染。そのチームメイト自体、その世代では最高のMFとか10年に1人の逸材とか凄い事言われている奴だけど、そいつ、圭介が言うには、「俺より幼馴染の方が凄い」との事。そんな訳で清水から磐田まで来て見た。


思ったら即行動。割と自分では行動力があるつもりだけれど、傍から見るとそうでもないらしい。千裕に言わせれば「興味が無い事には一切動かない人間」との事。「普通じゃん、それ」と言い返せば、溜息が返って来た。


電車が止まる。目的地の駅名の入った看板が目に映る。蒸気機関車を髣髴させる音と共にドアが開く。それなりに大きい駅なので、降りる人間も多い。ぞろぞろと降りる人の群れに混じって、俺も改札を潜った。


圭介の家には2回行った事がある。その時は千裕が一緒で、確か1年くらい前の夏休みの時期だったと思う。涼しげに鳴る風鈴。開けっ放しにされた圭介の窓から見える隣の青い屋根の家。そこが圭介の幼馴染の家。『』さんの家。圭介の口からさんの名前が出ない日が無いくらい、圭介はさんといつも一緒らしい。千裕は見た事があるみたいで、さんとも面識があるような話をしていた。その時に聞いて見たら、「圭介の幼馴染じゃなかったら惚れてる」との事。別に幼馴染でも惚れて良いんじゃないの?と思って問いかけてみたら、「あの2人見てたらそういう気がまったく起こらない」と返って来た。ますます面白い。


山口と書かれた表札の家。隣と対照的な赤色の2階建て一軒家のインターホンを鳴らす。チャイムが鳴り響く。だが、一向に誰も出て来ない。


(・・・留守か)


その可能性をまったく考えなかった俺は、さあどうしようかと考えていると、通りすがりの女の子から声を掛けられた。


「山口さんなら今留守ですよ。後20分くらいで戻るとは思いますか」
「20分か」
「あ、もしかして圭介のお友達ですか?」
「あ、まぁ・・・」


学生服姿の俺を見て、圭介の友達だと思ったらしい。口振りからして、それなりに圭介と親しいようだ。俺は改めてこの通りすがりの女の子を見た。身長は女の子にしては高い。俺より低いが精々2〜3cm程度だろう。目線がほぼ一緒だ。髪は長く黒髪でポニーテールにしている。可愛いというより綺麗といった顔立ち。顔立ちと相俟って銀縁の眼鏡で一層理知的に見える人だった。ポニーテール、背が高い、眼鏡。その単語に聞き覚えがあり、思い切って聞いて見る事にした。


「君、さん?」
「そうですよ」


俺の質問にその女の子、さんはにっこりと笑って答えた。




横山平馬と名乗ったら、俺の名前を圭介から聞いていたさんは、「あ、君が横山平馬君ね。私、。圭介の幼馴染です」と名乗った。


「圭介、居ない?」
「お母さんと一緒に買い物に出ちゃった」
「そっか」
「後20分くらいで戻るとは思うけど、遅くなるかもしれないから良かったらうちで待ってます?」


結果的に山口家のインターホン鳴らしたら、家のリビングに通されました。俺って凄い。




「横山君はエスパルスなんだ」
「うん」


家のリビングで俺は勧められたソファに座る。頂いたグラスに入ったアクエリアスを飲みながら、のんびりさんと会話中。


さんは・・・」
「ん?」
「サッカーは好き?」
「うん、好きだよ」


そういえばこの間の日本戦見た?とさんが聞いて来たので、頷く。俺が試しに「前半17分さ」と切り出すと、さんは「ああ、あのフリーキックからのシュート?」と即座に返して来た。ああ、この人はサッカーが好きなんだなって思った。


それからサッカーの話以外にも色んな話をした。異性とはあまり何を話して良いかわからない俺だけど、さん相手ならポンポン会話が沸いて来る。自分でも話していて、「俺、今、凄い」って思うくらいだった。後20分と言われた時間が酷く短く感じられたけれど、運良く圭介が戻って来たのはそれから40分後。車の音に気付いたさんが窓を開け、車から降りた圭介とそのお母さんに声を掛ける。


「平馬君、今、来てるよ」


その言葉を聞いて、この楽しかった時間の終わりを感じた。


「へーま?」


驚き半分怒り半分の表情で圭介が俺の名前を呼ぶ。何でここにいるの?と聞きたいのだろう。付き合いの長いさんも圭介の怒りを察したのだろう。順を追って説明していけば、見る見る内に圭介の怒りは萎んで行き、話し終えた頃には「あ、そうなんだ」と上擦った脱力した声で答えていた。


「で、お前、何しに来たの?」


さん家のリビングで圭介が尋ねるものの、既にさんとの遭遇を果たした俺はもう用事は済んでしまっていて、


「あー、うん、用事はもう済んだから良い」


と言うと、


「は?お前、何しに来たの?」


と、また少し怒った声で聞き直して来た。


「もう用事終わったんだって。俺、さんに会いに来たんだし」
「え?私?」


俺とさんの間には圭介以外接点は無い。それは圭介もさんもわかっているのだろう。だから驚いて2人とも目を丸くしていた。


「圭介が俺より凄い幼馴染が居るって言うから見に来た」


俺の言葉にさんは「そんな事話してるの?」と言わんばかりに圭介をジト目で見て、その視線に早々と降参した圭介はさんに「ゴメン」と謝った後、俺に「余計な事は言うな」と睨んで来た。でも、気にしない。今更、圭介が睨んだ所で怖くないし。


「うん。凄いって言う理由が何となくわかった」
「・・・本当にわかったのかよ」


胡散臭い物を見るように圭介が俺を見る。何気に失礼だなと思うものの、この短時間でその理由がわかる筈が無いと思っているんだろうと思った。


「まぁ、この部屋を見れば大体見当はつくんだけど・・・」


と、俺は言って部屋全体を改めて見渡す。きっとさんは両親の自慢の子供なんだろう。リビングの至る所に賞状や盾やトルフィーが飾られてあった。圭介にも負けてないんじゃないかって思ってしまう数だ。


「俺とここまで話があった人、さんが初めて。だから凄いって思った」


俺の言葉にさんは「あ、そうなの?」と笑顔で言うだけだった。きっと俺の言葉の裏の意味に気付いていないんだろう。意味に何となく気付いた圭介は、動物ならいつ威嚇して来るかわからない、ピリピリとしたオーラを全身から放っているように見えた。そんな圭介の様子の変化にさんはまたしても気が付いたのだろう。「どうしたの?」と圭介の顔を覗き込むと、しばらくして溜息を1つ吐いて「何でも無い」とギブアップ宣言のような哀愁すら漂う声を漏らしたのだった。






さんは話通り凄い人だと思う。会話だけで俺を楽しませるなんて。終わった時に残念だって思わせるなんて。圭介の機嫌をあそこまで左右させるなんて。出来れば早く出会いたかった。そう、出来るものなら圭介よりも早く。


千裕がああ言った気持ちが良くわかった。あんな風にお互い想い合ってたんじゃ、入る隙がない。悔しいけど、さんが幸せそうに笑っていられるならそれでも良いって今日会ったばかりの俺ですら思うのだから、やっぱりさんは凄いと思った。







言い訳
やっぱり平馬は難しい。