俺の爺さん婆さんはみんな静岡に住んでいるけれど、には神奈川に住む爺さん婆さんが居る。盆と正月には決まって2人の所に顔を出しに行く。行ってくるね、と車の後部座席に座るを見送ったのは今朝の事。日は落ち、オレンジから藍色に、藍色から紺色に変わった空を眺めてから、お隣を見ると、灯り1つついていない姿に寂しさを感じた。
(半年振りか・・・)
今までにも家の留守は何度も経験しているのに、今回はやけに心がざわつくのは何故だろう。俺が遠征で家を開ける時にはこんな気持ちにはならないのに、何だか変だと自分でも思った。
(は俺が遠征に行く時ってこんな感じなのかな?)
いつも傍にいるから、いないと凄い不安になる。
(電話、してみるか?)
時間は21時。少し遅めの時間だが、この時間なら落ち着いて話が出来るだろう。そう思って短縮の1番を押す。瞬時に表示された名前は。コール音数回で、出る。
『もしもし』
「おー、無事着いたか?」
『うん。早めに出たから渋滞もそう無くて楽だったよ』
「そりゃ、良かったな。今、何やってる所?」
『今?今、ちょっとそこのコンビニに行く事になって・・・』
『おい、。いくぞ』
の声を遮るように、男の声が携帯越しに聞こえた。若い。俺と同じくらいだろうか。
『あ、亮。今、行く。・・・ごめん、圭介。コンビニから戻ったらまた電話するね』
「・・・わかった」
数秒して切れる携帯。それを無造作にベットの上に投げると、そのままベットに倒れ込む。今まではずっと一緒で、の横にはいつも俺がいた。だからずっと俺は、俺以外の男がの傍に居るのを見た事が無かった。初めての経験に、重く感じるのは胸の痛み。見えない不安が俺の中をゆっくりと侵食して行く。そんな感覚を覚えた。
電話越しに聞こえた男の声が、気になって仕方が無かった。
滅多に鳴らない音楽が聞こえて、俺は携帯に手を伸ばした。専用の着信の曲は、メールや直接家に来る事が多いせいで滅多に聞けない。折角俺が1番好きな曲を選んだのに、滅多に鳴らないので1度変えようとは思ったけれど、1番はあいつの為に残そうと思った。
その曲が鳴るだけで、俺の心はいつも弾むのに、今日は少し重かった。ノロノロと緩慢な動作で折り畳みの携帯を開き、電話を取る。ごめんから始まったの声はいつもと変わらない。きっと俺がへこんでいる事にも気付いていないのだろうと思ったら、生まれてからずっと一緒の幼馴染を舐めてはいけない。
「落ち込んでいるみたいだけど、何かあった?」と声だけで察してくれた事に、じんわりと心が温かくなるのを感じながら、「何でもないよ、さっきまで転寝してた」と答えれば、俺の声の調子で納得したらしく、それ以上何も言わなかった。
「どっかで聞いた事あるような声がしたんだけど、そっちの親戚の人?」
聞いた事がある、は勿論嘘だ。だけど直接、「さっきの男は誰?」と尋ねる度胸の無い俺は、回りくどい聞き方をする。
「ああ、亮?同じ年の従弟」
「へぇー」
従姉弟同士なのだから下の名前で呼び合う事もおかしな事ではないのだけど、今まで同年代の男での事をと呼んでいたのは俺だけで、が同年代の男を下の名前で呼ぶのも俺だけで、それが俺だけの特権だったと思っていたのに、実はそうじゃなかった事はちょっとショックではあった。悟られまいと口を少し噤めば、ふふふ、とが楽しそうに笑った後、「今頃、彼女と電話してるだろうね」と何て事無い口調で、そう言った。
「あ、彼女居るんだ」
の言葉に途端に気が抜け、脱力する俺。我ながら単純だと思う。
「そうみたい。はっきりとは言わなかったけど、コンビニから帰る途中に携帯鳴って相手先を見たら、幸せそうに笑うの」
バレバレって人の事言えないよね、と言う。
(・・・・・・ちょっと待て、お前ばれたんだな)
携帯を見て幸せそうな顔をした、の従弟。そいつに人の事言えないって言う事は、も携帯取った時も幸せそうに笑ったっと言う事で。緩む頬。上昇する気分。侵食してきた不安は即座に霧散し、幸福感が胸に広がる。
「」
「何?」
「ありがと」
「・・・何が?」
電話の向こう側では、が訳がわからないと言う顔をしているの違いない。安易にその顔が想像出来た俺は、「気にするな」と言って別の話を振ってそれ以上聞かれないようにした。
今、鏡を見たら俺はきっと幸せそうに笑っているんだと思う。なぁ、、お前も同じ顔してるんだろ?
バレバレって事はさ。