蝉が喧しく鳴く。時間帯によって鳴き方が違うと、爬虫類をこよなく愛する後輩が、この間の部活の帰り道で言っていたような気がする。朝の涼しい時間帯は比較的静かなのに、日中の日差しが強い時間帯になると煩くなる。そんな雑学が頭を過ぎった。


(暑い・・・)


俺、三上亮は額を伝う汗をシャツの袖で拭うと、空を見上げた。目に痛いくらい燦々と輝く太陽に、目を細める。毎日、炎天下の中、サッカーをしてようと暑いものは暑い。まだサッカーをしてる間なら良い。水分補給を怠らなければ、熱中している間は暑いと思う暇すら与えずに動けば良いのだから。エナメルの黒いスポーツバックがギラギラと輝く太陽に照らされ、熱を持つ。迂闊に触れば火傷するんじゃないかと思えるほどだ。休み前にうっかり触って大騒ぎしていた後輩を思い出し、思わず笑ってしまう。帰省前はあれだけ荒れていた気持ちが、こうも収まるとは。同じ年なのに、従姉であるあいつには一生勝てないのかもしれない。自他共に認める負けず嫌いだけれど、不思議と嫌だともいつか勝つとも思わないから不思議なものだ。




久しぶりに再会した従姉、。ガキの頃は会う度に俺とサッカーばかりしていたあいつも、会わなかったこの半年の間に何かあったのだろう。携帯電話を耳に当て、話すあいつの顔を見れば、一目で誰と話しているかわかった。


(バレバレだっつーの)


大方おばさん、の母親が言う『幼馴染のケースケくん』なんだろう。年も近い事もあって、ガキの頃は将来は結婚なんて話もなかった訳じゃないけれど、その話の度に出て来るのが幼馴染のそいつの名前だった。


ガキの頃はそいつの名前を聞く事が嫌だった。何故なんて考えもしなかった。ただ嫌だった。子供の独占欲かと思ったそれ。初恋だったと気付いたのは、大分後。そう、今の彼女と付き合ってしばらく経った時だった。


(まだ付き合ってない事にビックリなんだけど)


今の彼女がいなかったら、もしかしたら横から掻っ攫うくらいしていたのかもしれない。ガキの頃はそれだけ好きだった従姉。だけど今は・・・。


(さっさとくっついて幸せになりゃ良いのによ)


俺みたいに。なんて柄じゃない事を考え、思わず苦笑する。長い上り坂もようやく頂上が見える。小さな山を1つ造成して作った学校は、東京とは思えない程、緑が豊かだ。松葉寮と達筆な字で書かれた表札のついた門を潜ると、上から声を掛けられ見上げる。


「おかえり、三上」


渋沢だ。休みの最終日前日に帰る習慣は変わらないらしい。俺は「よぅ」と手を振ると、寮の中に入った。数日前、ここを出る時に感じたあの息苦しさはもう無い。