何かが震える音がした。意識が覚醒し、慌てて音源を探す。振動を繰り返す携帯を手に取れば、表示されたのは見慣れた名前。通話ボタンを押せば、少し焦ったような声が飛び込んで来た。
「、どこだ?!」
「あ、ごめん。第3会議室」
「第3?!何でそんな所に」
「選手データ纏めてたから、人気が無い方が良いと思って。・・・それで恥ずかしながら途中で寝ちゃったみたいで、今起きたところ」
「あー、お前、データ早く纏めようと睡眠時間削ってるだろ。西園寺コーチが心配してたぞ。今朝も顔色が悪かったし、今日はもう休め」
「うん。もう纏め終わったから今日は早めに寝るよ」
余程疲れていたのか、転寝したのにも関わらず頭の奥が重かった。欠伸が思わず出てしまい、口元を押さえれば、部屋の扉が少し乱暴に開けられた音がした。音に驚き、携帯を持つ手が耳から離れる。
「あ、居た」
安堵した表情で圭介が携帯を耳に押し付けたまま入って来る。私の姿を見つけるや否や、携帯の通話ボタンを切り、ジャージのポケットの中に押し込んだ。待受画面に変わった自分の携帯を一瞥。不在着信の文字にアイコンをクリックすれば、ずらりと探された痕跡が残っていた。
「ごめん、皆に探させちゃったね」
1番多く履歴に残っていた名前は圭介だったけれど、それ以外にも藤代くんや若菜くんと言った名前もしっかり残っていた。後で彼らにも謝ろう。
「爆睡してたみたいだな。結構皆で携帯鳴らしたんだぜ」
「うん。マナーモードにしてたお陰でなかなか起きなかったみたい」
あまりにも恥ずかしい。少しでも早く心配する彼らと合流しよう。手早く散らばった資料を仕舞い始めた。圭介も苦笑しながらも集めてくれたので、すぐに片付けて会議室を出ようと思ったのだが。
「なぁ、」
「うん?どうしたの?」
「お前、首、虫に刺されたか?」
「え?どこ??」
痒い所は無い。腫れた所を手探りで探すも、つるりとした皮膚の表面の感覚しか指先に感じなかった。
「おかしいなぁ。痒くも無いし、腫れても無いみたい」
「だろうな」
背筋がぞくりとした。振り返ったが、そこには圭介しか居なかった。今までに見たことの無い、表情の圭介が。
「圭介?」
突然の変わりように、戸惑いながらも恐る恐る声を掛ける。その声に対する言葉は無く、代わりに圭介の指が私の顎を掴んだ。
「圭介?!」
先程よりも強い調子で呼び掛ける。しかし、返事は無い。圭介の指は顎から首を這い、ゾゾゾと背筋を走る何とも言えない感触に身を竦めた。指はまた顎を掴み、そして圭介のもう片手は腰に回された。
「ちょっと圭介!」
「黙ってろ」
こんな所で何するの。止めて。そう続く筈だった言葉は冷え冷えとした圭介の声音の前で立ち消えた。そして。
首の後ろに感じた鋭い痛みに、言葉にならない自分の悲鳴が部屋に響いた。歯を食い縛るが痛みはそれだけで、生温い舌の感触や吸われる感触も感じたが、ジクジクと熱を持った首の痛みに殆ど神経を奪われていた。
終わりとばかりに首を最後にひと舐めされ、顎と腰の拘束が外される。その瞬間にぶわりと湧いた恐怖が頭の中を全て埋め尽くして、気が付けば会議室の外へと飛び出していた。