最初は自分がした事で何かが変わるなんて思っていなかった。ほんの少し悪足掻きしたまでの事。第3会議室から逃げ出した彼女と、それからしばらく遅れて慌てて追い駆ける彼を見て、もしかしてこれはひょっとすると、と少なからず期待を抱いてしまった。だがその目論見はあっさりと打ち砕かれた。翌朝、食堂に現れた彼らはいつも以上に仲睦まじかった。いつも見ていたからすぐにわかった。彼らは乗り越えてしまったのだ。


ただでさえ届かない所にいる彼女がまた遠くなった。もう手を伸ばしても決して届かないだろう。これでやっと諦めれるような気が・・・・・・・した。


「邪魔するぜ」


空席だった正面の椅子がガラリと動く。こちらの返事を聞く前に見覚えのある男が席に付いた。確か・・・三上だ。元々目付きが悪い男だが、今の俺は間違い無く彼に睨まれているだろう。鋭い眼差しがこちらに向けられていた。


「お前だろ。首に付けた奴」


短い言葉で彼は的確に言いたい事をこちらに投げ掛けて来た。頷くべきか、否定すべきか考えなければいけないのに、視界に入る幸せそうな彼女と彼の姿が思考能力の殆どを奪った。目を逸らしたいのに逸らせない。考えなければいけないのに考えられない。三上から見れば俺はどこまでも未練がましい男に映るに違いない。


肯定も否定もせず、食い入るように彼らの姿を眺めていると、軽い溜息が1つ聞こえた。


「あいつらの代わりに言ってやろうと思ったが止めた。そんな顔してる奴をいたぶる趣味はねぇ」


三上はただそれだけ告げると、のんびりと朝食を取り始めた。視線を彼らに向けたまま、俺は三上に問い掛ける。


「どうしたら完全に諦められるのだろうね?」


深い意味は無かった。本気で三上に聞く気も無かったし、そもそも三上が答えてくれるとも思っていなかった。視線を三上に向けずに俺はただこの気持ちから逃れたくて、思ったまま言葉を口にしただけだった。


「はっ!悩むくらいなら玉砕すれば良かったんだよ。その方がまだすっぱり諦められたかも知れねぇのにな」
「・・・・・・そうだね。今ならそう思うよ」


例え受け入れられなくても、この気持ちを彼女にも知って貰えれば俺の恋心も少しは報われたのかもしれない。だが、その権利すら自らの手で投げ捨てた。


「さっさと次の恋でも見つけろ。次に出来た好きな奴と上手く行けば、未練の1つも残らねぇぜ」
「さっきからやけに自信たっぷりに言うね」
「ああ、実体験だからな」


予想しなかった言葉に意表を突かれて、俺の目が丸くなる。


「・・・三上ってさ。実は結構良い奴だよね」
「何だよ、知らなかったのか?」


ニヤリと実に良い笑顔で笑う三上の表情を真似てみる。酷い顔の俺にどこまで真似出来るかわからなかったが、どんなに歪でも良い。今、物凄く俺は笑いたかった。


「ああ、初めて知ったよ」


嘲笑したかったのは昨日の俺か、それとも今の俺か。


「少しはマシな面になったじゃねぇか」
「そう?」


答えはおそらく両方だ。




釘を刺しに来た三上にまで気を遣わせてしまったのだから、な。