入れた筈の教科書が無かった。念の為、もう1度、鞄の中を探す。しかし、いつも目にする薄めの黄色の表紙の教科書は見つからない。記憶をゆっくりと手繰れば、昨日、予習した後、鞄に戻した記憶が無かった。おそらくは自室の机の上にあるのだろう。これでは予習した意味が無い。小さな溜息を1つ漏らすと、席を立つ。行き先を尋ねるクラスメイトにE組に行って来ると答えて教室を出た。
「はずるい」
「藪から棒にどうしたの?」
突然の俺の言葉には苦笑いを浮かべた。それに俺はずるいと重ねて言った。質問に対しての答えにはなって居なかったが、はまじまじと俺の表情を窺うと、面白そうに目を細めた。
「まぁ、わからなくもないけれどね」
そう言っては教科書を手渡すと、それ以上追求して来なかった。相変わらず察しが良い。言わなくても通じてしまうコイツといるのは楽だ。だから俺も子供のような言葉を出してしまうのだろう。ずるいなんて言葉、コイツ以外の前では出したりしない。
「あれ?圭介来てたの?」
教室に戻ったが俺に気付いてやって来る。
「ああ、現国の教科書、借りようと思って」
もう借りたけどとの教科書を見せる。借りれて良かったねとが微笑む。
「そろそろ戻らないと次の授業に遅れるよ」
「ああ。じゃ、、ありがとな」
「イタズラ描きだけはしないでね」
「しねぇよ」
そう言って俺はE組の教室を出る。今まで奇跡的にと同じクラスで居られ続けたけれど、高校では今まで以上に成績が物を言う。英語と数学の成績優秀者は特別クラスに振り分けられるので、高校に入ってともとも別のクラスになってしまった。この高校の水準で言えば決して良いとは言えない成績の俺だ。授業に付いて行くだけでも一苦労なのに、ユースチームに昇格して今まで以上に忙しい。こればかりは仕方ないと思いながらも、それでも時々思ってしまうのだ。と同じクラスだったら良かったのに。欲を言えば、とも。
見渡した教室にはの姿は当然無い。クラスが一緒のが羨ましい。ずるいと思ってしまう。もう高校生なのだからクラスくらい割り切るべきなのに、会いたいと思ってしまう。現国の教師が教卓に立ち、ページを告げると朗読が始まる。
パラパラと教科書をめくれば、水色の付箋が貼り付けてあるのに気付いた。付箋に書かれた小さな文字を目で追う。
さんも会いたがってるから、忘れ物が無くても来てよ。
ペンを取り、いつものように余計なお世話とその横に書く。キャップを閉めて、その後は授業に集中するものの、教科書を見る度に水色の付箋が目に映り―。
再び、俺はペンのキャップを開けた。
付箋に書いた言葉をペンで塗り潰す。読めないくらいまで塗り潰すと、その下に今の気持ちをそのまま書いた。付箋を剥がして、別のページに貼り付ける。もう書き直したくは無いから。
この教科書を返しに行く時にまた会える。羨ましい、ずるいと思ってしまうから、出来る限り会いに行こう。