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現在の日本サッカーU-17は23人の少年達が選手登録されているが、それとは別に非公式で1人マネージャーが登録されている。流石、U-17に非公式ながらも登録されているだけあって、マネージャーの仕事の他に監督やコーチの補佐を務める等、非常に優秀だと評価されていた。その優秀さは彼女の後釜を探すのが大変だと監督達の間で笑い話になる程であったが、そんな彼女にも欠点があった。
「えっと・・・何が始まるんですか?」
敏腕マネージャー、は合宿所の部屋の一室で床に正座した状態で恐る恐る尋ねた。彼女の横には幼馴染兼恋人の山口圭介が居るのだが、これまた正座状態で、彼女をこの部屋に呼び出した彼女の従弟でもある三上亮はずーんと言う威圧感を漂わせて仁王立ちに腕組みの状態で2人の前に立っていた。三上の後ろにはここ数年ですっかり顔馴染みになったメンバー、渋沢や藤代、郭、真田、若菜と言った代表常連組がずらりと顔を揃えて居たが、三上の威圧感にすっかり押されたようで、姿勢を正して三上の後ろに控えていた。
「お前達を呼んだのは他でも無い」
誰かがごくりと息を飲む音がした。
「圭介、、お前らもっといちゃつけ」
「は?」
「へ?」
尊大に言った三上の言葉に当事者である2人の口から間の抜けた声が漏れる。おかしい。明らかにおかしい。2人は内心それはおかしいだろうと思うも、周りが同意するようにウンウンと頷いているのを見て敢えて口には出さなかった。と、言うか出せなかった。集団でからかっているのかとも思ったが、渋沢や木田、郭がそんな話に乗るとは思えない。それどころか大真面目な顔で頷かれては、こちらに非があったのではと思ってしまう。しかし、要求が【いちゃつけ】である。これ、如何に。
「いきなりそんな事言われても」
「まぁ、俺らも付き合っているから2人の時は・・・なぁ・・・」
顔を見合わせ、と山口が口を開く。
「もっとだ。もっと衆人観衆の前でいちゃつけ。お前らの熱愛ぶりをアピールしろ」
「「誰に!!」」
「俺らにだ」
言っている事は可笑しいにも程があるのに、何故か三上は軸がぶれる事無く堂々と言い切った。それに対しては無理と繰り返し言いながらイヤイヤと首を振り、山口はそんな彼女を目を細めて微笑ましく眺め、周囲はそんな山口を見て『うわぁー、山口さんって本当彼女バカ』と生温い目で見ていた。
「わ、私達のその・・・そういうの見て・・・その、何か良い事あるの?」
「ある」
「具体的に言うと?」
「俺の心労が減る」
「はい?」
聞き返すに三上は答えずに胃の辺りを擦る仕草を見せた。後ろで今まで静観していた渋沢が三上の横に立つと「ここからは俺が説明して良いかな」と断りを入れ、三上の代わりに説明を始めた。
合宿所と言う男だらけの閉鎖空間に、たった1人しか同年代の女の子が居ないとなるとどうしてもその子に目が行ってしまうもの。しかもその子は美人で性格も良く、マネージャーとして世話も焼いてくれるとなるとどんな形であれ、好意を抱かない筈が無い。単なる友情までなら何ら問題は無いのだが、そこから恋愛感情にまで発展すると厄介な話に変わるのだ。マネージャーであるは基本的に公私混同を避ける。マネージャーとして動いている時には、恋人である圭介を優遇する事無く平等に接しているので、一見しただけでは2人が付き合っていると言う事実に気付けないのだ。圭介と同じ世代、1つ下の世代の代表常連のメンバーは既に知っているので問題無いのだが、合宿初参加のメンバーは当然その事を知らず、実際、そこそこの数の人間がに恋愛感情を抱くものの、後々2人が付き合っている事に気付いて(周囲が気を利かせて気付かせた場合もある)告白前に玉砕していた。
「まあ、この辺は男のプライドもあるので具体的な話は避けるが、そう言った関係のアレコレが三上の所に寄せられてな。流石に見ていて大変そうなので、何とかしようと思った訳だ」
渋沢の脳裏には告白する前に玉砕した男の愚痴に付き合う羽目に陥った三上の姿を思い出した。最初は従姉絡みの事なのでそれなりに頑張っていた三上だったが、そう長くもない合宿中に何人もの愚痴を聞くのは精神上大変よろしくない。三上は怒りっぽい奴だと思われがちだが、それは懲りずに同じ事を繰り返す藤代と中西に対してそう言った態度を取っているだけで、実は結構辛抱強く、本気で怒らせると恐ろしい事を渋沢は知っていた。だからこそ、今回、そろそろこの2人にも理解して貰おうと三上に渋沢は持ち掛けたのだ。今回、初っ端からフルスロットルな三上を見て、限界だったんだなと渋沢は独り言ちる。
「えっと・・・その、亮、ごめん」
「気にするな。これに関してはお前1人が悪い訳じゃない。だけどそろそろ手を打たないと・・・な」
には言えないが、玉砕して精神的に不安定になった彼らにベストプレーが出来る筈も無く、翌年召集が掛からなかった人間も何人かいる。今のところの所まで話は届いていないが、こんな事がずっと続けばいつかの耳に入るかもしれない。その事を知ったがどれ程傷付くか安易に予想出来たからこそ、玉砕した彼らの愚痴に三上は付き合って来たのだ。
「うん。でも、ちょっと・・・その人前でそういうのはね。・・・そういうので最終的に圭介と別れることになっても、嫌だし・・・」
後半に行くに従い、の声が徐々に小さくなって行ったが、聞き取れたその言葉に三上は思わず鼻で笑ってしまった。
ハッ と。
「お前、別れられると思ってるの?」
帰って来た言葉はニュアンスが若干異なる言葉で、理解出来ずに首を傾げるや否や、ゾクリと寒気が体中を走り、は両手で体を抱き抱えた。そして間髪を入れずに後ろからぎゅむりと抱き付かれた。
「け、け、け、けーすけ!駄目。ここ、人前!ハウス!ハウス!!」
「お前の彼氏は犬か・・・しかも、合宿所でハウスってどこだよ」
パニック状態に陥ったに三上がからかいの言葉を落とす。の耳元で山口が何やら囁いた後、の奇行はピタリと止まり、山口はの肩越しから三上とその背後にいる仲間達に意味深に笑って見せた。
(この俺が離す訳無いだろ)
に囁いた言葉と同じ意味を込めて浮かべた笑みの意図を大半の者が察して、やれやれと半ば呆れた顔をする。
「圭介に徹底的にに構う方向で良いな」
三上も呆れたように溜息を吐いた後、周囲にそう宣言すると、山口は同意の意を込めての体を一層強く抱き締め、それに対しが「ひやあああああ」と奇声とも悲鳴とも取れる叫びを上げるのだった。
こうして今後の方針も決まり、それ以降の合宿では暇さえあれば終始マネージャーに張り付く山口の姿が目撃されるようになるのだった。