世界には数多くの宝物がある。悪名高き幻影旅団の長はかなりの博識だが、そんな彼でも知らない宝がこの世にごまんとあった。ある日、クロロは数あるアジトの1つ(高級マンションの一室)で読書に勤しんでいた。手にしているのは古びた雑誌だ。損傷が激しく、普段のクロロなら冷ややかに一瞥するだけで置き捨てられる品だ。昨日盗みに入った館の本棚にあったお目当ての本、の隣の棚に無造作に置かれていたのだが、何となく気になって持ち出した品だ。表紙もボロボロ。余程扱いが悪かったらしい。少なくても十年以上前に行われたオークションのカタログなのだから、古書としての価値としてはゼロだが、良い暇潰しになった。時々指の腹にひっかかるボロボロの背表紙に煩わしさは感じたが。
商品価値の低い物から順に掲載されている。僅かの期待を抱いてページを捲ったが、結局大した物は載っていなかった。暇潰しで終わったな。最後のページを捲る。期待感など当に無い。ここで読むのを止めるとすっきりしないだけだ。最後のページに掲載された写真を確認したら良い。説明文など読む価値も無い最後の目玉商品だろう。そう思ったのだが、目に映った写真にクロロは瞬きを数度繰り返した。色褪せた緑色の宝石だった。しかしそのフォルムは極上品。紹介文に目を通せば、その確信は一層強くなった。クロロの指先が写真をなぞる。こんな色褪せた姿ではなく、本来の美しい様をこの目で見たい。この手で愛でたい。携帯を取り出し、短縮登録した番号の1つに掛ける。数コールで取った相手に開口一番、エメラルドの名前を告げれば、携帯の向こうから苦笑しつつも了承した声が聞こえた。携帯を切り、読み終わったカタログの最後のページを破る。破った1枚だけを四つ折に畳んでポケットにしまい込むと、残りは不要とゴミ箱の中に捨てた。
「どういう事だ?」
「だから言葉の通りだよ――情報が無いんだ」
情報担当のシャルナークの言葉にクロロの眉がピクリと動く。不機嫌さを感じ取ったシャルナークはいつもなら少し勿体ぶってから話す情報をさっさと手放した。
「盗んだのが、あの『クロム』なんだよ」
「あいつか・・・」
厄介だなと漏らしたクロロに、同感と苦々しい呟きが携帯から聞こえた。
盗品を売る場合、大抵闇の市場に出る。情報が金になる世界。匿名で売買が行われても闇に通じた情報屋達が調べ上げている。生まれた時から闇の世界にいるようなシャルナークは、闇の中の更に闇の情報を調べ上げる事すら可能だったが、目撃者が居ない物を探し当てるのは至難の業だった。
「クロムは盗品を売らないから困ったよ」
売買がある以上、そこに人を挟む。しかし、件のクロムという名の盗賊は盗んだ物を市場に出さない事で有名だった。足がつくのを恐れているのか、それともひっそりと愛でる事で満足しているのか、答えは謎のままだが。人を挟まない以上、目撃者は皆無、情報も盗まれる以前の物しか存在しない。軽い口調であったが、シャルナークの言葉の端々には苛立ちが滲み出ていた。電話の向こう側はきっと顰め面だろう。安易に予想の付いたクロロは急がないので引き続き調べてくれと伝えると、相手の返事を聞かずにそのまま携帯を切った。