圧倒的存在に殺され掛けるが生き延びるという、九死に一生スペシャルな夜を体験した翌日。普段なら起きたらすぐに身支度をするのだが、昨日の反動のせいでぼんやりとベットの上で転がっていた。
「いつ来るつもりなんだろう?」
昨日の別れ際の男の言葉を思い出す。3日後なのか1週間後なのか1ヵ月後か1年後か。全ては男の気まぐれで成り立っている言葉に厄介とも面倒とも感じていると、不意に何か巨大なオーラが自室の扉の向こう側から感じた。ひやりと冷たい物が背を伝う。
ドォンと衝撃音とも破裂音とも取れる大きな音がした。・・・が、扉には何の変化も無い。ドアノブがガチャガチャと何度も回される。またって昨日の今日か。・・・あの人、何がしたいのだろう?
ドアの向こうに立つ『誰か』に気付いた私がドアの傍まで移動する。私の気配に気付いたのだろう。昨日の上機嫌さを全て吹き飛ばした不機嫌な声。
「おい」
「何ですか?」
「開けろ」
「鍵なんて掛かってませんよ。・・・てか、昨日の人ですよね?」
そうだ、と短く返答。低い声に僅かな笑い声が混じる。やはり感じた通り『2人』いるらしい。誰を連れて来たのやら。
「鍵は掛かってないのは既に確認したからわかっている。この念を外せ」
「無理ですよ」
「いいからやれ。やられたいのか?」
間違いなく今の言葉は変換すれば『殺られたいのか?』になるのだろう。
「無理です。これ私の父親の念なので私には外せません」
「父親は?」
「数年前に亡くなりましたよ」
何の感情も乗せずに言い放てば、しばらく無言の後、「そうか」と納得した声音がドアの向こうから零れ落ちた。
「それで何の用ですか?」
「ああ。朝飯を作れ」
何とも上から目線なお言葉である。
「2人分ですか?」
「いや、こいつは勝手に付いて来ただけだから1人分で良い」
1人分の言葉にもう1人の男から抗議の声が上がった。・・・朝から煩い。
「別にディナー料理で無いなら1人も2人も変わらないですよ。軽めにします?それともガッツリ食べます?」
ドアを開ければ予想通り昨日の男・・・だと多分思われるそれらしい人と、そのお友達らしい人が居た。確信が持てないのは昨日と今の受けた印象があまりに違うせいだろう。外見は髪型を変えて服装を変えただけだが、如何にも裏側の世界にどっぷり漬かってますといった威圧感漂うオールバック姿と、どこぞの大学生のような爽やかさと知性を漂わせる姿では1回会っただけの関係では出会っても気付かないまま通り過ぎそうだった。
「軽めで良い」
「ガッツリ!」
「・・・じゃあ、間を取って程々の量を作りますよ」
ドアを閉じようとすると昨日の男に手で制された。怪訝な顔で見返すと、男は私の自室に足を踏み入れようとして―――見えない壁のような何かに弾かれた。
「どうやら出入り出来るのはお前だけのようだな」
「そのようですね」
「堅で殴ったが何の効果も無かった」
父親が亡くなる前に私の部屋に細工したようだが、どんな内容か知らされていなかったので実際この目で見るのは初めてだった。出入り出来るのは私だけ。破壊する事も不可能なのだろう。この男でも破壊出来ないなら余程の人間でも無い限りは。
「だから正直出て来てくれて助かった」
中に篭っている限り、私の身の安全は保障されていたのだ。出て来なかった方が良かったのかもしれない。そう考えてすぐに考えを改めた。そんな事をしたら後が怖い。
「何か食べられない食材はありますか?」
「俺は無いな」
「俺も無しー」
好き嫌いが無いのは作り手からすれば好感が持てる。4人掛けのテーブルに座らせ、冷蔵庫を開ける。中身を確認して作る物を決める。
「私の可愛いお手伝いさん達(パーフェクトチーム) コック2人、メイド4人」
念能力を発動するとテーブルに座っていた2人が即座に動く。昨日の男は私の背後を取り、前には連れの金髪の男。一瞬でこちらの動きを封じるその力量は見事としか言えない。
「力の差が見抜けない程、阿呆だと思わなかった」
「そこまで阿呆では無いですよ。攻撃用の念じゃないですもん、これ」
背後から掛けられた言葉に溜息交じりで答える。
「コックは食事の準備手伝って。メイド達は給仕をして頂戴。あ、食前に何か飲みます?」
抵抗しても無駄なのは重々承知なので、状態に怯えずに出した念人形達に指示を出す。コック姿の念人形はてきぱきと調理道具を取り出し、メイド達はカップやグラスを揃え始める。その一連の行動を一通り眺めた後、黒髪の昨日の男が「水」と短く言って席に座った。
「君ってかなりのマイペースなんだね。操作系?」
「多分?」
正式な修行を受けた事が無いのでわからないが、念人形を操作している時点でそうなのだろう。今までずっとそうだと思って来た。
「だってさ、クロロ」
面白そうに金髪の男がもう1人に伝えると、クロロと呼ばれた昨日の男は思案顔で私の念人形達を眺めていた。
「それで作り始めて良いですか?」
私の前から退かない金髪の男に問えば、「ごめんごめん」と軽く返された後、退いて貰った。
「お兄さんは食前に何か飲みます?」
「俺も水で良いや。あ、食後に紅茶頼める?」
「ホットとコールドどちらが良いですか?」
「ホットで。あ、アールグレイのストレートがあったらそれでよろしく」
「かしこまりました」
「あ、俺、シャルナーク。よろしくね!」
「休業中ですがこの宿屋の主人をしております。=です。よろしくお願いします」
差し出された手を握り返し、キッチンに戻る。既にコック達の準備は終わっていた。卵を割り、フライパンに落とす。隣のフライパンにベーコンを焼き、程良い頃に火を止める。生野菜サラダを作り、スープ鍋に火を付けると同時にパンをスライスし、特製ソースを塗って専用トースターに入れた。出来上がった順にコック達が盛り付けする。昼に近い時間帯の朝御飯だ。ランチプレートにしてメイド達が運べば、「美味そうー」とシャルナークと名乗った男が感嘆の声を上げた。
「お前もこっちに来い」
私もご飯がまだだったので3人分作り、男達と違うテーブルにメイドに運んで貰ったのだが、それに気付いたクロロがメイドにそう命令した。念人形とは言え顔は人間そっくりで、笑顔しか出来ないが表情も変わるので人間にしか見えないのだが、命じられたメイドは窺うようにこちらを見た。基本的に私の思考に彼らは従う作りになっているので、「かしこまりました」とメイドは返すと私の食事も彼らと同じテーブルに運んだ。
隣にシャルナーク。正面にクロロ。消化不良を起こしそうな席順だが、従うしか無い。椅子に腰掛けると、シャルナークが水の入ったグラスを高々と掲げた。
「じゃ、かんぱーい!」
「何に?」
「何でも良いじゃん」
「アリスか」
シャルナークがほらほらと勧めるのでグラスを掲げれば、高音のグラスの鳴る音が聞こえた。クロロの言ったアリスとは、おそらく童話のあのアリスの話だろう。誕生日でも何でも無い日を祝う登場人物がいたような記憶があった。
また来ると言った彼らの携帯番号がその日私の携帯に追加された。