今まで着ていた服を脱ぎ捨て、タグを外したばかりの服に着替える。丸眼鏡を外し、脱いだ服と一緒に買い物袋の中に押し込める。櫛で丁寧に髪を梳かし、鏡で最後に確認。映るのは完全に垢抜けた少女だった。
「さてと行きますか」
到着を告げるアナウンスと共に客室を出る。ぞろぞろと続く人の波に任せて飛行船を降りれば、窓の向こうにいくつもの飛行船が見えた。奥に1つ、小さな飛行船を確認すると、は人の波とは外れた廊下を突き進む。
「よ、久しぶり」
突き当たり、搭乗口に辿り着けば、見慣れた顔が出迎えてくれた。
「ピルディ、久しぶり。元気だった?」
「見ての通りだ」
「他の皆は?」
「全員揃っている」
「うわ、私、最後?!」
「仕方無いだろ。お前の本拠地遠いんだから」
ポンポンと慰めるように頭を撫でられ、飛行船へと誘われる。奥の作戦室に踏み入れれば円卓のテーブルは空き2つ残して全て埋まっていた。ピルディも私も自分の定位置に座る。
「皆、久しぶりだね」
口々に飛んで来る挨拶には挨拶で、それでない言葉にはそれ以外の言葉で返す。
「で、今回のヤマは何だ?」
「クルタ族の保護」
「あ゛?それならレベルA出す必要ねぇだろう?」
「それはこれから俺らが説明するよ」
「そうそう、スカルはせっかちなんだから」
あ゛あ゛と凄みを効かす強面のスカルを鼻で笑うのは、瓜二つの容貌を持つジェラールとジェイドの双子達。唯一目の色だけ異なり、紫がかった赤い目のジェラール、薄い緑色のジェイドはこのメンバーの中でも情報収集分析処理を担当している。性格をそのまま現した悪戯を企む笑みを浮かべて、現在の状況をわかり易く始めから説明すれば、不機嫌だったスカルの顔はゆっくりと喜色に変わった。
「・・・と言う事で幻影旅団が今回出て来るんだ」
「活動開始して3年で異例のA級首の集団が相手だからね。だから今回はレベルA(全員召集)掛けた訳」
「そのお粗末な頭でも理解出来た?スカル?」
「その頭で理解出来なかったら僕達どうしようも無いんだけど?」
ステレオのように左右から発せられる言葉に予想通りスカルが噛み付いた。双子達がそれに火を注ぎ、米神に青筋を浮かべたスカルが立ち上がる。いつも通りの光景だ。
「スカルも双子達も騒ぐなら今回は外すよ」
互いに構えた所を言葉で制す。目でどうするか問い掛ければ膨れ上がった怒気を抱えたまま、スカルは乱暴に椅子に座り直した。ニヤニヤと笑う双子達を睨み、会話を元に戻す。
「今回のメインはクルタ族の保護だけど、そろそろ幻影旅団の実態を突き止めたい。今後、益々勢力を強めるのは間違いないし、仕事でぶつかる事もあるだろうから。ただこちらが旅団の情報を得ると同時に我々の情報も旅団に掴まれるから、久しぶりに決を取る。あくまでクルタ族の保護のみに集中し、我々の情報を旅団に掴ませないか。クルタの保護をした後、彼らの里にやって来る旅団を待ち伏せるか。2つに1つ、好きな方を選んでね。じゃあ、保護のみの人ー」
誰1人動かず。予想通りの展開に思わず笑みがこぼれた。
「じゃあ、待ち伏せしたい人」
全員の挙手を確認し、宣言する。
「それでは今回の『楽団』の仕事はクルタ族の保護と幻影旅団の情報収集とする」
「代表。当然、旅団相手に暴れて良いんだよな!」
戦闘狂のスカルが期待に満ちた目を向ける。双子達が馬鹿にした眼差しを向けているが、気付いていない。
「だから皆こっちを選んだんでしょう?」
ニィっと笑って見せればスカルが歓喜の余り叫び、隣に座る私は咄嗟に耳を塞いだ。喧しいと他のメンバーから非難されるも、スカルは気にした素振りも見せずにただ強者との戦いを喜んでいた。
「ジェラール、ジェイド。旅団にもおそらく腕の良い情報担当者がいるから、こちらの行動掴まれない様に処理よろしく」
「担当は1人?」
「2人居るけど、情報収集に動いているのは1人だけ」
「それなら余裕だね」
「僕ら2人に1人だけじゃ太刀打ち出来ないよ」
クスクス笑う双子を頼もしく思いながら、その2つ隣に座る男に指示を出す。
「レヴィン。ハンター協会の会長と交渉お願いするわ」
「わかった。ところでクルタは保護指定民族に指定されていたか?」
「一応、B級で登録済」
「Bと言う事は、禁止事項は目に関する事だけか?」
「確か目の取引の禁止と、所持が明らかになった場合の返却義務があった筈」
「それなら指定レベルを吊り上げるしかないな」
「審査部が喚くと思うから、そっちはアビゲイルとアーノルドに任せるわ。審査部さえ何とかすれば簡単に申請通るでしょう」
ちらりと名前を出した2人を見る。1人は愛らしく、1人は皮肉っぽく笑って見せた。
「ちょーっとこの前、副会長さんの弱みをアルと一緒に掴んだからそれでちょこちょこっと通して来るね」
「あの男もあれからずっと冷や汗をかいているだろう。屈服させるには頃合だ。旅団と遊ぶ前座にちょうど良い。少しアビーと遊んで来る」
会長は副代表のレヴィン、副会長は双子以上に性格が屈折しているアビゲイルとアーノルドに任せれば大丈夫だろう。
「後は現地に着いて状況を把握してから役割を分担する。旅団とクルタ族の里で遭遇するのは今から10日後。それまでには全員、里に集合ね」
私が席を立つと、全員立ち上がる。個別に指示を受けたメンバーは飛行船を降り、残ったメンバーを乗せて飛行船は飛び立った。今まで相手にしたどの相手よりも実態が掴めない相手だ。幻影とは良く言った物。最近、歯応えが無い相手ばかりだったせいか、好戦的なメンバーで構成されているため皆どこかしら嬉しそうだ。
「幻影旅団か」
勿論、この私も例外では無い。緩む頬を押さえ、窓から外を眺める。澄み切った青空は故郷の空と何も変わらない。
お爺さん、貴方の血はこの世界で私の生きる力となっていますよ。
こことは違う空の下に眠る、会った事の無い人。意味も無く恨んだ事もあるが、今は感謝していた。