キーボードを叩く音。時折小さく鳴る電子音。入力する手が止まり、青年は画面を見る。しかしそこに求めた結果は映し出されず、ばったりと机の上に崩れ落ちた。

「あー、もう嫌だー」

キーボードの上に青年の金色の髪が流れ落ちる。倒れたままちらりと横目で画面を見るが、何度見ても望んだ情報はそこには映し出されていなかった。

「あー、本当、どうしよ」

伊達に彼も組織の情報担当を担っていない。始めた頃は偽情報掴まされた事もあったが、今ではそんなヘマを踏まないだけの実力も備わった。それなのにこの体たらくである。こんな状況を仲間達に言える筈も無くパソコンに向き合うものの、今日も今日とて惨敗に終わった。

「シャル入るぞ」
「こっちの返事くらい待とうよ、クロロー」

こちらの返事を待たずにクロロは部屋に入ると、部屋の奥に置いたソファーに腰を下ろした。足を組み、こちらをじっと見つめる。

「その様子だとあまり結果は芳しく無さそうだな」
「今日も惨敗だよ。あー、もう誰だよ、俺の邪魔するの」

机に突っ伏したまま、シャルは唇を尖らせて言った。その様子に面白そうにクロロは笑う。

「妨害が入っているのか?」
「うん・・・。クロロからクルタ族を調べるように言われた数日後からひっきり無しにね」
「・・・興味深いな」
「他人事なら俺も笑っていられるのだけどね」

ピリピリと殺気を放ちながら苛立つシャルをクロロが宥めれば、惨敗という結果を思い出したのか深い嘆息を吐き出した。

「結成当初ならともかく、今のお前の手に負えない相手か・・・。複数か?」
「いつどの時間でも仕掛けて来る所を見ると複数なのは間違いないよ。俺クラスの腕利き数人がチームを組んでやってる感じがする」
「シャルクラスの腕利き数人か・・・。心当たりはあるか?」
「腕利きの情報屋でチームを組んでいる所と言えば、マジョベリー一家かグランツォの情報班か有名だけど、あそこなら俺1人でも勝てるからなぁ。そうなるとどこかの大金持ちが臨時で腕利きを集めてチーム組ませた方が説得力あるけど、それなら俺の妨害行為だけが仕事って言うのがおかしい。俺の回線から現在地割り出して襲撃するくらいの事はすると思うけど、襲撃はおろか監視の目も無いし、わからない事だらけだ」

肩を竦めるシャルに、ふむ、とクロロが唸る。

「主にどんな妨害工作をして来る?」
「えーとね」

普段のクロロならば『予定通りの日時までに調べろ』の一言で帰る状況なのだが、珍しく興味を持ったらしい。今までやられた妨害工作をシャルが口にすれば、一層面白そうに口元を歪めて見せた。

「クルタ族の住処はわかっているのか?」
「ああ。アイジエン大陸の小国の辺境に住んでる」
「そうか。シャル、調査はもう良い。今から団員を全員招集するので飛行船の手配を頼む」
「それも妨害来るかもしれないから、直接空港で手配するよ」
「ああ」

惨敗続きで精神的に厳しかった仕事から解放されたせいか、シャルは笑顔で答えるといそいそと外出する準備を始めた。ジーパンにサマーセーターと言うカジュアルな格好に着替え、財布と携帯とハンター証をポケットに仕舞う。アジトにいる仲間達に出掛けると一言残して、外へと出て行った。

「ねぇ、団長」
「何だ?マチ?」
「何か妙か予感がする」

出て行ったシャルを見送った後、広間で本を読み始めたクロロにマチが声を掛けた。クロロは本から視線も上げずに答えたが、マチの妙な予感発言に読んでいた本をパタンと閉じた。

「お前の勘は何と言っている?」
「クルタ族の件、上手く行かないような気がする」

その言葉にクロロは眉間に僅かに皺を寄せたが、続いたマチの言葉にすぐに眉間は元に戻った。

「でも面白い事が起こりそうな・・・曖昧でゴメン」

まだ仕事も始まっていないのに失敗を口にするのは褒められた事ではない。勘の良く当たるマチだからこそ許された行為だ。

「最近退屈してたからな。おそらくお前の勘通りなら緋の目以上の収穫があるだろう。・・・・・・今から楽しみだなぁ」

クロロの口調が徐々に幼くなって行く。それは彼が心の底から楽しみにしている時に出る癖のようなものだった。ゾワリとマチの背中に悪寒が走る。マチの勘では失敗するが、面白い事が起こり旅団としてはそれなりに収穫がある仕事になると告げていた。それがクロロの反応を見た途端、心が落ち着かなくなって来ている。己の勘を信じるならば不安な事が起きる筈だ。それはマチ個人のものなのか、それとも蜘蛛にとってか。チラリとクロロの顔を見る。マチの勘に信頼を置いているクロロは今にも鼻歌を歌いそうな程、上機嫌だった。この不安な気持ちを話すべきか、否か。しばらく考えたが結局マチの口が開く事はなかった。この程度の不安ならば警戒していれば事足りるだろう。グッと拳を握り締め、マチは数日後に控えた仕事に想いを馳せた。