SIDE 幻影旅団団長
クルタ族はその瞳の美しさ故に狙われ続けて来た一族である。それ故に隠れ里に住み、一族に伝わる秘伝の武術を身につけ、幾度と無く襲撃者を撃退して来た歴史を持つ。過去の襲撃者の中に念能力者が居なかった筈が無い。その事を考えるとおそらく秘伝の武術とは念能力の事だろう。完全な武闘派集団の村を1つ潰すのだ。団員全員召集を掛ければ過去に無いスピードで全員集まった。それだけ今回の仕事を楽しみにしているのだろう。団員を率いて空港に向かう。事前にシャルが直接空港で予約をしたチケットは解約されずに残っていた。これで駄目なら飛行船1機盗んでたよ。そう冗談っぽく喋るシャルの目がまったく笑ってなかったので、おそらく実際に解約されていれば実行されたに違いない。それがわかっていたからこそ、妨害者達は手を出さなかったのかもしれない。
飛行船の窓から下を見下ろす。時間は既に深夜。高度の上がった飛行船からは深い暗闇しか見えない。思考を働かせながらぼんやりと下を眺めていれば、同じように窓辺に立つマチに気付いた。浮かれ切っているウボーやノブナガに比べると、その表情はかなり沈んで見える。おそらく自分の勘について考えているのだろう。・・・考えても無駄だ。マチの勘は運や偶然では説明が付かない程の的中率を今の所誇っている。必ずしも当たるとは限らないが――わざわざ仕事前に報告して来たのだ。今まで以上に強く感じているのだろう。マチには悪いが当たってくれた方が面白い。気にするなと言ってマチの肩を叩く。見上げる眼差しは勝気なマチには不釣合いな物で、励ましの意味を込めてもう1度叩くと俺は騒ぐ団員達の輪に戻った。
こうして約2日の飛行船の旅を追え、そこから車と徒歩で1日半。辺境の地、ルクソ地方に辿り着いた時には日も暮れかかっていた。朱色に染まる細い山道を歩く。
「ここか」
活火山だった頃に溶岩が近くの湖に流れて水蒸気爆発したのだろう。マールと呼ばれる円状の地形の真ん中にクルタ族の里はあった。四方は高い岩壁に囲まれており、まさに天然の要塞だった。里の中心に大きな建物があり、それを囲むように家が立ち並び、それぞれに明かりが点っている。家の数から察するに人口は40人から50人程度。
「ウボォーキンとノブナガ、フランクリンは正面の門から入れ。フェイタンとフィンクスとディートは裏。マチと
リングアと俺が右側から、シャルとパクとマーノとスキエナが左側からだ。ウボォーが門を破壊したのを合図に全員一斉に突入しろ。逃げられると面倒だ。門を破壊するまで全員静かにな」
コクリと全員頷く。
「行くぞ」
里の裏側の一番目に付かない岩壁を駆け下りる。フェイタン達はその場で待機し、シャル達は左、ウボォー達は正面に移動する。俺もマチと流星街を出てから仲間に引き入れたリングアを連れ立って右に移動すれば、すぐに正面の門が砕けたと思われる破壊音とウボォーの高笑いが聞こえた。
「・・・団長」
「ああ、お前の予想通りだったな」
複雑な表情で見上げるマチ。苛立つ者、冷静に分析する者、肩を竦めて見せる者。そんな団員達に囲まれて俺も考えを張り巡らせる。
「家の中が異様に綺麗だった」
「確かに。昨日今日のうちに必要最低限の物を持って引越ししたような、そんな感じだったわ」
冷静に分析するのは情報担当のシャルと尋問担当のパクだ。
「あいつらどこに行ったんだ!」
シャルやパクの言葉を途中で遮るように、ウボォーが叫ぶ。苛立ちをそのまま表したでかい声に反射的にウボォーを除いた全員が耳を押さえた。
「ちょっとウボォー、手加減無しに叫ばないでよ!」
「これが怒らずに居られるかよ!」
「あいつらがどこに行ったか探るのが先だろう!」
始まった口論を『黙れ』の一言で収める。憮然とする表情の団員達を見渡してからマチの勘について説明した。
「面白い事って何だよ・・・」
「それが分かればあたしも苦労しないよ」
問うフィンクスに答えるマチ。視線が自分に集中している事に気付いたマチが意識を集中し始めると、それを邪魔するかのようにディートが叫んだ。
「何だ?!突然現れたぞ!!」
全員が円を広げていたディートを見た後、ディートの視線の先を追った。
闇の中から溶け出すようにソイツらは現れた。シックな物からカジュアルな物までジャンルは様々だが全員が黒い服に身を包んでいた。数はこちらとそう変わらない。ドレスを纏った女を先頭にずらりと横に並んだ。
「初めまして、幻影旅団の皆様」
先頭に立つ真ん中の女がおそらくリーダーなのだろう。胸元だけ開いているものの、決して厭らしさを感じさせない高貴なデザインの黒いドレス。胸元には翼を象ったタトゥーが彫られており、丁寧に施された化粧は美しい女の顔を一層際立たせていた。生々しい赤い口紅を塗った妖艶な女の唇が動く。
「我々は太陽と月の楽団です。以後、お見知りおきを」
告げられた名前にウボォーを始めとする血の気の特に多い者達がさっそく動こうとする。それを制止し女と向き合えば、満足そうに女は笑った。
「お前達が『ソルイルナ(太陽と月)』、『ソラ(空)』か」
「略称はおろか通称まで知っているとは。流石、幻影旅団の団長殿」
「世辞は良い。お前達か?クルタ族を逃がしたのは」
「ええ。ちょっと数日前に。今頃、どこかの空の下にいる事でしょうね」
「それならば何故、ここに残った?もうお前達の仕事は終わりなのだろう?」
「是非手合わせしたいと楽員達が申しまして・・・。ああ、申し送れました。私は楽団の代表を務めております。サジタリウスと申します」
「サジタリウス・・・人馬宮の事か。それならお前達は12人なのか?」
「いえ、13人ですよ。双児宮が2人おりますので」
「ふ、なるほどな」
会話してわかったのは頭の良い女という事だった。その姿に見合った妖しくも艶めいた声かと思ったのだが、静かに響くその言葉には女の持つ知性が強く感じられた。
「団長」
「まぁ、あと少しだけ待て」
待ちきれないと言った顔の団員達を手で制す。俺が押さえられるのもあと少しだろう。何よりも俺自身が戦いたがっている。
「左から」
女の指が俺達の1番左にいたシャルを指差した。念能力かと警戒するが、オーラが増加した様子は無い。
「ジェミニ、リブラ、ヴァーゴ、カプリコーン、レオ、ピスケス、アリエス、スコルピオ、キャンサー、アクエリアス、タラウス。この団長さんは私がお相手しよう」
女の言葉に後ろに控えた者達が動く。シャルにはジェミニ、双児宮の名前通りそっくりな顔を持つ男が2人。その隣のウボォーには2メートル近い屈強な肉体を持つ男が。パクの前にはリーダー格の女と良く似た服装の、これまた妖艶な女が。おそらく同じ系統の能力者同士をぶつけるつもりなのだろう。ウボォーと相性が悪いのは具現化系と操作系だが、その前に立った男の肉体を見る限り強化系のような気がする。
「団長。読まれてる!!」
「ああ、あの女の能力だな!」
険しい顔で告げるマチに俺はバックステップで数歩下がった。どこまでかわからないが、俺達の念の系統は全て女に握られていると思っていい。だが、ウボォーに具現化系か操作系をぶつけない所を見ると、殺り合いでは無く言葉通り手合わせがしたいのだろう。
「殺るか」
「それでは始めましょうか」
それぞれのリーダー同士の言葉を合図に全員のオーラが爆発的に膨れ上がった。先陣を切ったのはノブナガ。対するは青い髪の優男だ。次にウボォーが動く。拳にオーラを乗せて振るうが、向こうで最も体格の優れた男の拳にそれは阻まれた。好敵手の存在にウボォーが吼える。ぶつかり合う団員達を眺める暇があるのは、向こうのリーダーである女が腕を組んだまま動かないからだ。随分な自信だと思うが、お陰で楽団の実力が少しは測れた。流星街時代からの仲間達は問題無いが、後から入れた奴ら、特に戦闘に能力が特化していないディート辺りは勝つのが難しいだろう。手合わせしたいのは間違いない。だかそれだけが女の目的では無いような気がする。
女の真意を測れないまま、俺は愛用のナイフを取り出した。俺の方が限界だった。
「さあ、殺ろうか?」
俺の言葉に女はにぃ、と妖艶な唇を歪めた。