SIDE 幻影旅団情報担当

ソルイルナ。古代語の1つで太陽と月と言う意味がある。俺達が団員の印に蜘蛛のタトゥーを彫り自らを蜘蛛と呼ぶように、ソルイルナ楽団、太陽と月の楽団もその名前からソラと言う通称を持っていた。結成されたのは俺達より少し遅い筈だが、その知名度は幻影旅団に匹敵する。

彼らの活動を最も知らしめたのは、紅蜂(べにばち)と呼ばれたA級首の犯罪集団を潰した件だろう。世界最大級の人身販売を取り扱う組織で、赤子から念能力者まで望みの人間を仕入れてはオークション形式で販売していたのだが、1年前のヨークシンシティの闇オークションの初日開催日に彼らの手によって潰された。どのような方法で潰されたのか、集められた商品はどこに行ったのか。未だに明らかになっていない。それだけの情報処理能力を含めた力を有する組織というのは分かっていたが、実際この目で見て驚いたのはどの顔もまだ若いと言う事だ。旅団の中では年少に入る俺よりも明らかに若そうな顔が何人か見える。

風を切る音に反応して飛んで来た矢を避ける。クスクスと感に触る笑い声が耳障りだった。

「僕達2人相手に考え事なんて余裕じゃん、蜘蛛」
「辛いならどちらか1人抜けようか」

ボーガンを片手にまったく同じ顔立ちの男が2人。双子なのだろう。瞳の色だけ違うが、意地悪く笑うその姿から察するに性格まで同じそうだ。

「え?何、ジェイド抜けてくれるの?」
「は?何言ってるの、ジェラール。抜けるとしたらお前だよ」
「訳わかんないし」
「それこっちの台詞だし」

本当、そっくりだよ、お前ら。そう吐き捨てて携帯を持ち替え直す。おそらく双子達も同じ操作系なのだろう。先程から陰で隠したアンテナを刺す隙を与えられず、油断すれば向こうのボーガンの矢の餌食になる。高度の陰と凝を同時に行わなければならず、しかも相手は2人。苛立ちを露にすればそれが面白いのだろう。クスクスとあの感に触る笑い声がまた聞こえた。

「お前だろ、蜘蛛の情報担当って」
「思った以上に出来るな、お前」
「お陰で僕ら2人付きっ切りで相手させて貰ったよ」
「流石に僕ら2人の相手にはならなかったけど」
「あの妨害工作はお前らかよ!!」

ぶちっと何かが切れる音がして、気が付けば叫んでいた。普段ならこんな挑発に簡単には乗らないのだが、散々妨害された恨みは深い。反動は大きいが自分にアンテナを刺してしまおうか。最初から殺す気で戦っているし、力を出し惜しみ出来る相手でも無い。アンテナを自分に向ける。さあ、突き刺そうとした瞬間に、間を割って男が飛び込んで来た。

「ちょっとダレン邪魔しないでよ」
「そうだよ、何梃子摺っちゃってるの」

仲間相手でも容赦が無い。

「そう言うけどな。お前ら、こいつら結構強いぞ」
「そんなの知ってるし」
「誰が旅団の情報調べたと思ってるの」

飛ばされてぶつかった衝撃で岩盤の下敷きになった男が、その辺に岩盤を投げ捨てて立ち上がる。そこに殺る気満々のウボォーが飛び掛り、再び激しい攻防が始まった。

「っと!」

余所見をしていると容赦無く矢が飛んで来た。1発でも体に刺さった時点で終了だ。これだから操作系は!と自分の系統を嘗て無い程厄介に思いながらこちらも再び双子と向き合った。






SIDE 太陽と月の楽団代表

身の危険が無い限り不要な殺しはしない事。生きるか死ぬかの事態には必ず生きる事を選択する事。全員が対等である事。代表命令は絶対である事。

太陽と月の楽団を作る際、私は幾つかのルールを設けた。命の重さを知る私達は極力殺しをしない。けれど己の命には代えられない。そのために上の2つを設けた。下の2つは矛盾している。組織の中に上下関係を作りたくなかったが、仲良しおままごとの組織にするつもりも無かった。混乱を避けるためには頭が必要で、私がそこに立つ以上、強力な権限を持つ必要があったのだ。それ故の矛盾したルール。滅多に私が代表命令を出さない事で互いに対等でいられる関係を作れた。

大きな仕事になればなる程、私の思考は代表のものに変わる。優先すべきは楽員の命。誰1人失う気の無い私に対し、目の前の男はまさに正反対の存在だった。

「俺を前に考え事か?」
「ええ」

偽る事無く答える。舐められていると受け取った男のナイフの腕前はかなりの物だ。念能力で全て避け、距離を取る。

今の所、楽団が優位に立っていた。こちらが人数的に1人多いのも原因の1つに挙げられるが、実力にあまり差の無い楽員に対し、団員の実力差はそれなりに大きい。能力が戦闘型では無い団員の数人が既に地に膝を付けていた。逆に楽員にも数名苦戦している者もいる。偏る事無く純粋な強化系の団員に強化系のダレンをぶつけて見たが、放出系寄りの強化系のダレンでは純粋な力比べでは負ける。それにこちらはあくまで殺すつもりの無い『手合わせ』でやっているが、殺す気で向かって来る相手にこのまま手合わせを続けるのは難しい。ひらりひらりと念能力で避けてばかりの私に幻影旅団の団長殿は酷くご立腹のご様子だ。今頃きっと如何にして私に本気を出させるか考えているに違いない。

「そろそろか」

今まで殆どオーラを練らなかった私の体からどっとオーラが溢れ出る。その様に酷く好戦的に笑う団長殿には非常に申し訳無いが、そろそろ閉幕の時間だ。

「開かれた暗幕(カーテンコール)」

私の背後の闇が衣を象り、私を包む。闇は私を完全に包むと一瞬で霧散し、私の姿は影も形も無くなった。それと同時にバラバラに戦っていた楽員達の姿も消える。

「申し訳無いがそろそろ引かせて頂きます」

私の言葉に弾かれて団員達が一斉に上を見た。クルタ族の隠れ里を囲む巨大な岩壁の頂上に私達は立っている。移動型の念能力だと気付いたのだろう。団長殿だけ値踏みする眼差しでこちらを眺め、他の団員達は悔しそうに唇を歪めていた。

「それではまたどこかの地へ」

楽員全員の体を闇で包む。消え去る前に聞こえたのは団長殿の声だろうか。

「また会おう」

その言葉に思わず笑みが漏れた。