SIDE ヒロイン

「あー、疲れた」

ドレス姿のままソファーに倒れ込めば、行儀が悪いと上から聞こえて来た。顔を上げる気力も無くクッションに頬擦りする。

「流石に疲れたって」

再度同じ主張をする私に小言を言うのはレヴィンだ。副代表でもある彼は良く言えば真面目、悪く言えば融通の利かない性格である。

「レヴィン〜。今回が何やったかわかってるでしょ?オーラを半端なく消費させられたのだから、今くらいゆっくり休ませてあげなさいな」
「だがしかしドレスのままでは休めないだろう」
「一時的で良いのよ。10分や20分休ませたらシャワー浴びさせて着替えさせるから。しばらくそっとして置きなさい」

間に入ってレヴィンを窘めたのがヴァージニアだ。私と同じドレスを身に纏い、壮絶な色気を漂わせる美人だが―――戸籍上、男性である。楽団で誰よりも女性らしく、またオカマ扱いすると容赦無い制裁が加えられるので、楽団の中では扱いはあくまで『女性』である。

「・・・・・・わかった」

渋々と言った表情でレヴィンが引いた。ヴァージニアを怒らせると怖いと言うのは楽員共通認識である。

「皆、実際戦ってみてどうだった?」

ソファーには倒れたまま、顔だけ上げて部屋を見渡す。飛行船の娯楽室に楽員全員揃っているが、どの顔もそれなりに充実した表情を浮かべていた。

「力勝負で負けたのは久しぶりだな」
「発はどこまで使ったの?」
「いや使ってない」
「そりゃ、負けるわ」

ダレンの相手は放射系にも変化系にもまったく寄らない純粋な強化系だった筈。拳にオーラを集中するだけでも『発』並の威力を持つ純粋強化系に、放射系寄りの強化系が発無しで勝つのはかなり難しい。

「俺の能力は1度発動させると止める方が厄介だからな」
「そうだね」

しかもダレンの能力は『手合わせ』には向かない。そのせいで楽員の誰よりも深手を負う結果になったが、本人が満足そうなので良しとしよう。

「カラム、全員完治するのにどれくらい掛かりそう?」

楽員で最も高い治療能力を有しているカラムに問えば、ダレンの治療をしながらカラムは1週間だねと間延びした言葉で返した。

「まったくの無傷は代表とレヴィン、ヴァージニアと双子達くらいじゃない?僕はちょっとアバラ骨何本かやられたから明日まで掛かりそう。他は数日程度。1番深手のダレンで1週間かな」
「じゃ、全員、2週間大人しくしててね」
「じゃ、の意味がわかんねぇよ」

両腕に包帯を巻いたスカルが不貞腐れた表情に変わる。久々に実力者と戦えて楽しかったようだが、まだ物足りないらしい。解散後、どこかに暴れに行くつもりだったのだろう。

「旅団がこちらを探りに動き出す。騒動は厳禁だよ」
「はっ!俺が負けるとでも!」
「念能力の系統次第では負けるね」

ありのままの事実を話す。

「へっ!」
「あら〜。スカル。貴方、操作系と特質系は大の苦手でしょ?」

せせら笑うスカルにヴァージニアが釘を刺す。バツが悪そうな表情に変わるものの、それでも暴れたり無いのだろう。請う視線に私はゆっくりと頭を横に振った。

「今回は駄目。・・・嫌な予感がするからね。暴れずに大人しく2週間過して。2週間過ぎたら暴れても良いから。あ、これ、代表命令なのでよろしく」

滅多に使わない代表命令で私も釘を刺す。流石に私とヴァージニアの2人を相手取る気にはならなかったようで、スカルは面白く無さそうに娯楽室の床に転がった。不貞寝の姿勢である。

「それじゃあ、もそろそろ着替えてシャワー浴びてゆっくりしなさい」

ヴァージニアの言葉に他に発言者も無かったので、反省会はこれにてお開きになり、私はヴァージニアに連れられて化粧を落とし、ドレスを脱がされ、胸に一時的に入れて貰った刺青を消して貰い、シャワーで本日の疲れを流せるだけ流した。出た時には疲労はピークに達しており、濡れた髪のまま布団に転がろうとしたら予測していたヴァージニアに捕まった。天使の輪が出来るまで綺麗にブローされた後、トリートメントやら何やら塗り込まれ、ついでとばかりに爪の手入れまでして貰った。まったくもって素敵なお姉さまである。







SIDE クロロ=ルシルフル

現れた時と同じようにその姿は闇に溶けるように消えた。

「・・・逃げられたな」

俺の言葉が再び現実を突き付けたのだろう。団員の大半が苦々しい顔で彼らの消えた岩壁の上を睨み付けていた。

「あー、もうちょっとやりたかったな!」

満足そうな顔でウボォーがガハハと豪快に笑う。

「ウボォーは相手に恵まれてたから良いけど、俺、2人同時に相手はきつかったよ。操作系だから一発貰った時点でアウトだし」

苛々したオーラを撒き散らしながらシャルが地にべたりと座り込んだ。かなり疲れる相手だったらしい。

「ヒラヒラ逃げられて面白くナイね」
「あのひょろい奴も刀使いだったな。もう少しやれば腕の1本取れたかもしれねぇけど」
「同感。良い所で逃げられたよな」

ノブナガ、フィンクスは善戦していたようだ。フェイタン他数人は五分五分。シャルを含む残りの何人かは防戦一方、もしくは良い様にやられたようだ。

「なぁ、団長。あいつらって有名なのか?」
「去年のオークションで紅蜂を壊滅させた奴らだ」
「紅蜂?あいつらもかなり強いって聞いたぞ」
「ウボォー。お前の相手、何か念能力使ったか?」
「・・・使ってねぇな」

あの野郎と呟いたウボォーの米神に青筋が浮かぶ。ウボォー相手に発無しで戦うとはなかなか度胸がある。

「団長はどうだったんだ?」

フィンクスが興味津々と言う顔で尋ねる。

「フェイタンと同じだ。ヒラヒラと避けられてばかり。やっと本気になったと思ったんだが・・・逃げられた。どうやら仲間達の様子を窺いながら戦ってたようだな。随分、舐められたものだ」

あの女は最初から俺とまともに戦う気が無かったと言う事だ。仲間達がやばくなったら引き上げるために、タイミングを窺っていたのだろう。俺と向き合いながら。・・・何だろう。物凄く面白くない。俺など最初から眼中に無かったからか?

考えれば考える程、苛立ちが湧いてくる。ピリピリとしたオーラに気付いたシャルが調べる?と聞いたので、一も二もなく頷く。

「次会うのが楽しみだな」

その時が来る事を考えただけで苛立ちは消えた。口から漏れた笑い声にシャルも意味深に笑って見せた。不貞腐れていた他の団員も次に期待しているのだろう。薄っすらと笑みを浮かべた。

「帰るか」

踵を返して歩き出せば、団員達もそれに続いた。緋の目を1つも手に入れる事が出来ず、幻影旅団始まって以来の大失敗であったが、それに勝る収穫があった。本来ならこうして笑っていられる筈が無いのだが、掛かった魚はでかい。緩む頬を押さえる事もせず、俺は1度も振り返る事無くクルタ族の里を後にした。