数日後。


太陽と月の楽団の代表、の携帯電話に1通のメールが届いた。

『近くまで来たから会えないか?』


2週間程前に図書館で知り合った彼からだった。シンプルな誘い言葉。会えばまた本の話で盛り上がれる貴重な相手だ。迷う事無く了承のメールを打とうとした途端、の神経が何かを感じ取った。静電気に触れたような僅かに指先が痺れる感覚。悪い事が起こるような気がする。程度としてはかなり微弱だが。この手の勘に関して外れた事は無い。行くかどうか悩んだ末、微弱ならば十二分に対応し切れるだろう(実際対応出来る範疇内だと勘が告げていた)と考え、了承のメールを送ると髪型をわざとボサボサに変え、丸眼鏡を掛けると鏡の前に立つ。服装は色気の『い』の字も無いラフな物で、先日までが演じていた『妖艶でミステリアスな楽団の代表』とは似ても似つかない格好だ。その事を鏡で確認した後、貸す約束の本を鞄に入れて図書館傍のカフェテラスへと足を運んだ。







「やぁ」

にこやかな笑顔で出迎えてくれたのは先日の彼―――クロロ=ルシルフルさんだ。お久しぶりですと返して顔を上げてふと気付く。誰かに似ている。そう思った瞬間に、頭の中に何か走った。

『幻影旅団の団長』

つくづく良く働く勘―――勘と言うには強過ぎる能力だ。クルタ族の里で気付かなかったのは、私が仲間達の身の安全にこの能力を使っていたからだろう。超直感。ブラットオブボンゴレ。呼び方は様々だが、この血のお陰で今の私があると言って良い。

「どうしたんだ?ここに皺寄ってる」

こことクロロさんが自分の眉間を指で指す。にこやかに笑う顔は変わらないのに、目だけが窺うものに変わっていた。

「いえ、先日少し揉めた女性が今そこに居たような気がしまして。・・・気のせいだったようです。すいません」
「何かあったのか?」
「あー、クロロさんの事が気になっていた方だったようで」

困ったように笑えば、一応納得したのだろう。もしくは何かあっても処理すれば良いと考えたか。彼の目元が僅かに緩む。

「この前お約束した本をお持ちしました」
「あ、俺も持って来たよ」

互いに約束した本を交換する。今考えれば私が持つ本も彼が持つ本もかなりの希少品だ。今回私が持って来た本は良い所のお嬢様なら手に入るレベルだが、彼が持って来た本はそれを専門に研究している有名大学教授がツテを頼って手に入れられるかどうかわからない入手難易度の高い本である。だが彼が幻影旅団、盗賊の団長ならば入手難易度は一気に下がる。盗めば良いだけなのだから。今後本の貸し借りは本の希少度を考えてから貸さなければいけないだろう。もっとも向こうはまだ私の正体に気が付いていないが、気付けばこの関係はその時点でご破綻だ。彼と会う時にはこの能力をフルに使わなければならないだろう。

「想像以上に内容に吸い込まれるね」

ゆっくりとクロロさんが背表紙を捲る。一気に読んでしまっては勿体無いと言った風体だ。その気持ちは良く分かるので同意しておいた。

「今日はここで本を読みますか?」
「いや、良かったら数日貸してくれないか?本は帰ってからゆっくり読む事にして、今日はヘッケルについて君と語り合いたいな」

良いかな?

冷酷、冷血、残忍。そんな言葉が似合う幻影旅団の団長とは思えない程、私の名を呼ぶ声は優しげなものだった。おそらくは私に一定の好意(同好の士に対する)を持っているか、同好の士である事以外に(私、本人に)興味が無いかのどちらかだろう。まぁ、私も同好の士であるクロロ=ルシルフルさんには本について語り合いたいが、幻影旅団の団長殿には今の所は用が無いのでお互い様なのかもしれない。

「構いませんよ。でも、こんなに良い本、お借りして良いのですか?」

手にした本は私の貸した本の数倍高価な物だった。それを彼は構わないとあっさり言う。世界に数冊しか無い本すら持っていそうな彼からしてみれば、100冊刷られた本は価値が低いのかもしれないがそれにしてはあっさりし過ぎな気がした。

とその本について語り合えると思えば、貸す事など大した事は無いさ。その時を楽しみにしてるよ」

笑う彼の目を見る限り、今の言葉は間違い無く本心だった。それを見て私も決意する。

なるべくばれないように頑張ろう。

勘が無理だと告げている。ばれるのは間違いない。ただそれがいつか今の段階でわからない以上、すぐばれる訳でも無さそうだった。折角出来た同好の士が先日敵対した組織の長とは。世の中広いようで狭い事を実感しながら、この楽しい一時を私は過すのだった。