もし、太陽と月の主人公に一般人の友人がいたら?
パランシティの一角。世界中の医師を志す若者が集まる街。パラン国立病院を中心に街は形成され、数多くの病院が軒を連ねる。最も長寿な国であり、それ故に富裕層が住む街である。
物語は2人の女性の会話から始まる。場所はパラン国立病院の隣、パラン医科大学。医者になる為には高額な入学費から始まり、これまた高額な授業料と一般市民から見れば莫大な金が掛かる。その為、通う学生の大半は富裕層の親を持つ子供達。そんな贅沢に慣れた子供達が通う学校は何から何まで高級志向。数多くある食堂もカフェテリアも一流のシェフが調理を担当し、インテリアにも相当金を掛けている。まるで大学構内にいるとは思えない内装の店内。昼食時を過ぎているせいもあって、閑散としている中で2人の女性がテーブル席に腰掛けていた。
「だから彼は」
喋っているのは主に金髪の女性だった。長く伸ばした爪には生々しい赤いマニキュアが施され、唇にも同じ色。肩まで伸びた金髪は豪奢に巻き上げられ、気合の入ったアイラインとマスカラ。瞼には青色のアイシャドウ。胸元が大きく開いた黒のドレスは男の視線を効率良く集める物で、グラマラスなボディラインを描いていた。見た者全てが美人だと答える女だろう。着ている服も相俟って肉欲的なオーラを放す女性は、嬉しそうに相席の女性に恋人自慢をしていた。
それを聞く女性はもう1人の女性とは正反対だった。蜂蜜色の髪をきっちりと1つに束ね、爪をきっちりと切り、顔には簡単な化粧。上下黒のスーツで固めており、中から覗く白いブラウスが女性の持つ硬質な印象を一層強めていた。金髪の女性と並ぶと華が無いと言う者もいるかもしれない。しかし、凛とした近寄りがたい雰囲気を持つ彼女の顔立ちも非常に整っており、金髪の女性と並んでも遜色ない程であった。嬉しそうに話す恋人自慢を嫌な顔せず聞いている。しかし、その話に興味があるかどうかは手にした本の存在が否定していた。どう見ても本を見ながら話を聞いている。どちらがメインか明らかではあったが、金髪の女はまったく気にせず話し掛け、それに対して蜂蜜色の髪の女も時より相槌を打っていた。
「タリーの彼は今この街にいるの?」
「ええ!仕事がひと段落したから来てくれたの!」
お土産にこれを貰ったわ。そう言って胸元を飾る宝石を指差す。本から視線を僅かに上げて、眺めれば、白い薔薇の花が浮かぶ黒い宝石が目に入った。縁を金で囲んでおり、女の美しさに負けない宝石だった。一目で高価だとわかる。
「インタリオね」
「あら、。貴方、詳しいのね」
彼も同じ事を言ってたわ。嬉しそうに語るタリーの言葉に、は本を閉じる。
「あら、。もう読み終わったの?」
「いや、後でゆっくり読む事にした。それよりタリー。その宝石貰った時、彼に何も言われなかったの?」
「えーと・・・」
その問いにタリーの口から惚気の言葉が止め処なく溢れて来た。お前に良く似合うとか、この宝石に負けない美しさがお前にあるとか。友人の恋人は思った以上に気障な男だと評価しながら、そうじゃなくて、とは問い返した。
「これを付ける時に何か言われなかったの?・・・そう、人前で付けるなとか、明るい太陽の下で付けるなとか」
俺と一緒の時以外付けるな、とか。そうが口にした時、タリーの明るい顔が一気に青褪めた。
「俺の前以外で付けるなと言われたわ」
「やっぱり」
は予想通りの言葉に嘆息し、珈琲に口を付けた。
「ま、不味かったかしら?」
「早く外した方が良いわよ。それ、太陽の下で付ければ劣化しやすい宝石だもの」
「外して来る!」
の言葉に慌ててタリーは席を立った。そのまま化粧室に駆け込む。美人の突然の行動に閑散とした店内に僅かに存在する客達が何事だと視線を向ける。それは同席していたにも向けられたが、知らぬ振りをして1度閉じた本を開こうとしたが―――湧き上がった僅かな不安がの思考を奪った。嫌な予感がする。それはほんの僅かな不安ではあったが、読書を続ける気力を奪うには充分な物で、は鞄の中に本を静かに仕舞った。
タリーは恋人と別れた方が良いだろう。盗品を土産に渡す男が真っ当な筈が無い。しかし、問題はどう伝えるかだ。タリーは頭は悪くないが、素直に聞くタイプでは無い。根拠も無く言ったところで噛み付くだけだろう。その宝石は盗品だと言おうか。しかし、そうすると何故、それをが知っているかと言う話になる。盗品を手に入れたという事は、暗黒市場(ブラックマーケット)の存在を知り、ツテがあるという事だ。恋は盲目と聞く。が何か言ったところで素直に聞くとは思えない。
結局、はあれこれ考えたが、下手に刺激しない方が友人の身の安全に繋がるだろうと判断し、恋人の言う事はちゃんと聞かなきゃ駄目よ、と宥めるだけに留めた。ベタ惚れしている自覚があるのだろう。タリーは素直に頷いたのを確認して、今日はこの後、お互いに用事があったのでカフェテリアを出るとそのまま別れた。
答え、最終的に巻き込まれる