エレベーターが到着する音がした時には私は瞼を閉じていた。誰かが会場に足を踏み入れ、マーメンさんから番号入りのプレートを貰っている。おそらく私同様、どこかに腰を下ろし何らかの暇潰しをしながら開始時間まで過すだろう。そう考えていたら、足音がどんどん近付いて来た。私の周りの空気が騒ぐ。どうやら私の念が騒ぐ程度には強いらしい。目を瞑ったままやり過ごせると考えるほど楽天家でない私は、ゆっくりと瞼を開いた。

「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」

顔を合わせてお互いに沈黙。久しぶりに見た知り合いは、かなり背が高くなっているものの童顔なのは相変わらずで、お陰で一目でわかってしまった。

?」

半信半疑と言った様子でシャルナークが尋ねて来た。

「どちら様ですか?」

驚きをひた隠し、初対面を装う。

「あれ?じゃない?」
「違いますけど」

突然の事に戸惑ってます、と言う振りをする。流星街で暮らしてた時にはチビでガリだった私だが、師匠達に拾われてから急激に身長が伸び出る所も出たので、自分で言うのも何だが非常に女らしくなった。加えて新しい念能力の影響で私の髪と目の色は見違える程変わってしまったのだ。しかし、昔の私の姿しか知らないのに勘付くとは。ボロが出ないようにシャルナークとは試験中距離を置いた方が良いだろう。

「ああ、ごめんね。昔の知り合いに似てたから」
「そうですか」

昔の私はシャルナークと会う度に喧嘩していたような気がする。私から吹っかけた事は1度も無い。そんな事をしたら面倒をとにかく嫌うクロロに家を追い出されてしまうと考えていたからだ。それなのにも関わらず、シャルナークは会う度に何らかの悪戯をしてくれて――会う度に私は顔を盛大に顰めていた記憶がある。だから昔の私と今の私が重ならないよう柔らかく微笑めば、初めて私の顔を見た時同様、シャルナークは目を丸くして見せた。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

微妙な空気が流れ始める。何なんだ。何で顔を背けるんだ?

「・・・あ、いや、うん。やっぱり昔の知り合いに似てるよ」
「そう・・・ですか?」

裏目に出た。ここはやはりつんけんとして相手にしなきゃ良かったのか?不機嫌な顔をした方が良かったのか?でも、そっちの方が危ない気がしてならない。

「昔、気になっていた女の子に似ているんだ」
「そんなに似てますか?」
「・・・うん。もう何年も会ってないけど、多分、成長したら君みたいに綺麗になっていたと思うんだ」
「・・・ぅ・・・」

思わず息を飲んだ。何だ、これは。新手の嫌がらせか!知り合いに、しかも昔散々悪戯と言うか嫌がらせと言うかとにかく色々された相手から褒められるなんて。何て言うか、恥ずかしい。兄弟子達はしょっちゅう可愛い可愛い言ってくれるので慣れたが、昔の天敵とも言える人間からまさかの褒め言葉である。かぁっと頬に熱が集まるのがすぐにわかったが、どう冷ませば良いかわからず、視線をシャルナークから外して、あ、どうも、と言うので精一杯だった。

「俺、シャルナーク。君の名前は?」
「え?あ、です」

慌てて仕事用の偽名を名乗る。試験を受ける際、受験者からも試験官からも変に目を付けられないように偽名で申し込みを行ったのだ。勿論、爺様も承諾済み。合格した際にはハンター証は本名で発行して貰う予定だ。

「君、まだ若いのに1番最初に辿り着くなんて凄いね」
「あ、師匠がハンターなんです」
「推薦して貰ったんだ」
「はい。卒業試験代わりに受けて来いと言われまして」

私の隣にすとんと腰を下ろしたシャルナークに戸惑いながら、ボロが出ないように細心の注意を払って受け答えする。私がシャルナークよりも早く会場入り出来たのは、偏にモラウのお陰である。彼が教えてくれなかったらおそらく私の番号はシャルナークよりも後だっただろう。それを伝えれば、納得したのかすっきりとした顔になっていた。

「その歳でハンター試験受けるなんて凄いよね」
「今までの合格者の最年少者は12歳と聞いてますし、10歳からずっと受け続けている人も居るからそれ程凄い事でも無いですよ」

謙遜の言葉の裏で、私はシャルナークに早くどこかに行けと念じていた。実際に念を使う訳にもいかないので心の中で呟くくらいしか出来ない我が身が悲しい。時折、マーメンさんがこちらを微笑ましそうな物を見るような目で見ていた。歳の近い友達が出来たと思っているのだろう。いや、違うから、隣にいるのはそんな生易しい存在じゃないから!

「ずっと受験かー。俺、今回で受かりたいんだよね」
「シャルナークさんは今年初めての受験ですか?」
「うん。どうしても仕事柄欲しくてね」
「そうなんですか」

どんな仕事をしているか私が聞く筈が無い。大体見当は付くし、聞いた所でシャルナークが真面目に教えてくれる筈もない。何よりも彼に深入りし過ぎるのは避けたい。偶然試験で再会してしまったが、試験が終わってからも繋がりを持つ気が無いこちらとしては、シャルナークの『今』を詳しく知る気にはなれなかった。しかし、向こうはそうでも無さそうだ。

「俺、何の仕事してると思う?」

にっこりと笑って当ててみてよと笑うシャルナークに頭を抱えたくなった。こちらとしては避けたい質問だったが、この状況ではそうもいかない。口元に人差し指を当て、考える。

シャルナークの得意な事。流星街に居た時はとにかく情報通だった気がする。何か情報を掴むとクロロに報告し、2人で出て行ったような気がする。今、彼がクロロと共に動いているならきっと情報を担当しているだろう。独立したなら情報屋でもやっているのかもしれない。情報と言う単語は危険ワードだ。なるべくそこから離れた職を答えた方が良いだろう。

「その服に似た服を着た人を天空闘技場で見ました。もしかして闘士の方ですか?」
「あー、そう見える?」
「ええ、見た感じ強そうですし」

ゆらゆらと揺れるシャルナークのオーラを見る。念は使わずに合格するつもりだが、いつどこで何があるかわからない。試験官に目を付けられないよう、精孔を閉じて行こうかとも考えたが、やらなくて正解だったとシャルナークを見て思った。流星街時代に何度念能力の開発実験台にされかけた事か!あのアンテナはもう完成したのか?しているならこの距離なら油断出来ない。

そんな事を考えていたら、シャルナークが携帯を取り出した。本当今更ながら警戒して見せる。私がだとばれるのも不味いし私の実力がばれるのも不味いが、それでも操られる事に比べたら全然マシだ。

「あははっ、大丈夫だって。に手は出さない」

その大丈夫に何度騙された事か。油断した所を開発中の念のアンテナで刺されたのは未だにトラウマである。

「大丈夫だよ。に似た子に酷い事しないって」

そのにシャルナークが何をしたのか全部言える私は当然警戒を解く筈も無く、それを見たシャルナークは肩を竦めて溜息を吐いた。