その姿に心臓を鷲掴みにされた感覚に陥った。



クロロが集めた仲間達と流星街を離れて早3年。当初の予想以上の成果に笑いが止まらなかったが、そこで満足するような俺達では無かった。最初は身を寄せ合って暮らして居たが、外の世界に完全に慣れた頃にはお互いに活動拠点を持ち、仕事の度に集まるようになっていた。前回の仕事から1ヶ月ぶりにクロロから仕事の連絡が入った。次の獲物の情報を集めようと動いたのだが、物が物だったので情報がなかなか入らない。手が無くは無いが、そろそろアレを手に入れる時期が来たのかもしれない。クロロの許可も下りたので今年のハンター試験を受験する事になったのだが、余程の事が無い限り――それこそ試験官の怒りを買うような真似をしない限り、間違いなく受かるだろう。それがわかっているから他の仲間を誘ったのに、ことごとく断られた。唯一、受験に前向きな姿勢を見せていたクロロだったが、ずっと欲しがっていた本がタイミング悪く手に入ってしまったので結局1人で行く羽目になった。



事前に得た情報を頼りにナビゲーターを探す。良くわからない質問はきっと受験者をふるい落とすためだろう。ナビゲーター好みの答えを予想するのも面倒で、アンテナを刺して試験会場と合言葉を教えて貰った。開催地中心街に聳え立つホテルに足を踏み入れた時には、入場開始時刻から数時間が経過していた。回りくどい手順を踏み、エレベーターの中に入る。下に降り続ける間に携帯を確認すれば、ゆっくりと電波レベルが減って行った。目的地に到着し、エレベーターを降りて確認すれば電波レベルは圏外を指し示していた。念能力を使う分には問題ないが、電話・メール・サイトに接続出来ないのが手痛い。情報に通じる者として常に回線は維持していたい。帰ったら携帯の改良をしようと心に誓い、エレベーター傍の受付に足を向ける。四方がコンクリートの灰色の壁だ。おそらく2千人程度は余裕で入るだろうが、今は誰の姿も無い。早く着過ぎたと思いながら番号プレートを受け取れば――予想しなかった2番の文字。前には誰も居ない。後ろを振り向けば会場の最奥の角にぽつりと人影が見えた。僅かな興味と暇潰しを兼ねて見に行けば、明らかに自分よりも幼い少女の姿に驚かされた。



消す必要も無かったので、足音を立てて近寄る。あともう少しと言う所でぱっちりと少女の目が開いた。似た目を見た事がある。それ程遠くないのに、遠い昔と感じる頃に。

「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」

言葉が出なかった。それだけ少女は彼女に似ていた。心臓を鷲掴みにされたのは、彼女と少女が似ていながらもその色がまるっきり違っていたからだ。俺が知る彼女の色は金色と緑。俺と同じ色。一方の少女は漆黒の闇を髣髴とさせる黒だ。その色はクロロの色と良く似ている。染色したのか、カラーコンタクトなのか、確かめるべく髪の根元と瞳を凝視するものの、根元も黒、瞳には何も付けていないのが確認出来た。それでも聞かずには居られなかった。

?」
「どちら様ですか?」

キョトンとした顔で聞き返される。

「あれ?じゃない?」
「違いますけど」

徐々に少女の表情が戸惑いの物に変わり、やはり違ったかと失望感で一杯になる。考えてみればはチビで、とにかくチビで、凹凸の無いお子様体型で、ガリガリの猫みたいだった。目の前の少女は歳の頃はと同じだろう。まだ未熟ながらも柔らかいラインは充分女らしい。具体的に言えば体の割に胸があって、腰がきゅっと締まっている。顔貌は整っている方だろう。あと数年経ったら充分恋愛対象として見れる少女だった。俺の知るはいつまで経っても成長しないチビだった。きっと今でもガリガリの猫のままに違いない。

それでも可能性を捨てきれないのは、念能力者という点と色違いとは言えそっくりなあの目のせいだ。あの黒色を緑に変えれば、記憶のと目の前の少女の目は瓜二つと言って良い。

「ああ、ごめんね。昔の知り合いに似てたから」
「そうですか」

俺の記憶の中のはいつも苦虫を潰した不機嫌な顔をしている。クロロが拾った時には念が使えていたが、才能が無かったのかクロロ自ら指南したのに大した成長が見られなかった。物珍しさで拾ったクロロも次第に飽き、指南する回数も減って行った。これではすぐに捨てられるだろう。捨てられたら今度は俺が拾おうかと思っていた。勿論、期間は俺が飽きるまでだ。そんな訳でいつ捨てるのか窺っていたのだが、家事の全てをこなしてくれる存在はそれなりに便利だったようでいつまで経ってもクロロはを捨てなかった。クロロから奪う程の価値はなかったが、会う度に暇潰しと念能力の実験台としてあれこれしていたら、俺の顔を見ただけで盛大に顔を顰めるようになったのだ。俺の記憶の中のはいつも顔を顰めて不機嫌さを露にしている。俺に対して笑って見せた事など殆ど無いだろう。記憶の中のどこにも無い。それなのにどうして柔らかく笑った少女との顔が被るのだろう?

「・・・あ、いや、うん。やっぱり昔の知り合いに似てるよ」
「そう・・・ですか?」
「昔、気になっていた女の子に似ているんだ」
「そんなに似てますか?」
「・・・うん。もう何年も会ってないけど、多分、成長したら君みたいに綺麗になっていたと思うんだ」
「・・・ぅ・・・」

あのガリガリの猫のがこんなに綺麗になる筈が無いのに、叶いもしない願望を口にする。隣で息を飲む音に少女の顔を覗き込めば、顔を真っ赤に染めてあたふたとしていた。どうやら褒められる事に耐性が無いらしい。あ、どうも、と細々と聞こえる声が照れ隠しかぶっきらぼうにも聞こえ、俺の記憶の中のの声と重なる。

「俺、シャルナーク。君の名前は?」
「え?あ、です」
「君、まだ若いのに1番最初に辿り着くなんて凄いね」
「あ、師匠がハンターなんです」
「推薦して貰ったんだ」
「はい。卒業試験代わりに受けて来いと言われまして」

少女の隣に腰を下ろす。自分が出来る最速のルートで到着した筈なのに、それよりも早く入場していた少女。遠回しに理由を聞いてみれば、理由を聞いて納得。一定以上の実績を残しているハンターならば、協会に問い合わせれば受験会場の場所を知る事が出来るので弟子を推薦する事も可能だ。

「その歳でハンター試験受けるなんて凄いよね」
「今までの合格者の最年少者は12歳と聞いてますし、10歳からずっと受け続けている人も居るからそれ程凄い事でも無いですよ」

そう言って謙遜するが、ゆったりとの体を覆うオーラがその強さを物語っていた。念使い。しかもかなりの手練だ。オーラが研磨されている。この歳でこの完成度。湧き上がった驚嘆にぶるりと体が震えそうになるのを抑える。この歳でここまで完成された存在を俺は1人しか知らない。

「ずっと受験かー。俺、今回で受かりたいんだよね」
「シャルナークさんは今年初めての受験ですか?」
「うん。どうしても仕事柄欲しくてね」
「そうなんですか」

内心を悟らせないように、どうでも良い言葉を積み重ねて行く。すぐに落ち着きを取り戻し、からかう余裕も出て来た。

「俺、何の仕事してると思う?」

にっこりと笑って当ててみてよと笑って見せる。真面目に答える気も無かったが、時間潰しにはちょうど良い質問だった。悩むように少し困った顔をしたは、口元に人差し指を当てて考え始める。思わず喉が鳴った。







と同じ癖だった。


こんな偶然有り得るのだろうか?色は違えど同じ顔に同じ癖。そして念能力者。確率はゼロがいくつも並ぶ程、低い。間違いなくだ。だけどそれを証明する手札は無い。今は。

「その服に似た服を来た人を天空闘技場で見ました。もしかして闘士の方ですか?」
「あー、そう見える?」
「ええ、見た感じ強そうですし」

の視線が俺の背後に向けられる。おそらく俺のオーラを見ているのだろう。ふと思い出して、携帯を取り出した。画面の隅に表示された圏外の文字に頭を掻く。せめてクロロに連絡が取れたらを追い詰める手札がすぐ手に入るのに。思わず溜息が出そうになるが、横で突然張り詰めた空気に喉の所で止まった。

突然警戒心を露にしたに俺は首を傾げた。彼女の視線を追えば俺の手元の携帯に注がれている。俺の念能力を警戒したのか。納得。で散々実験したからね。

「あははっ、大丈夫だって。に手は出さない」

そう言って油断した所に何度アンテナを刺した事か。我ながら嘘っぽい言葉に―――が騙される筈が無い。

「大丈夫だよ。に似た子に酷い事しないって」

重ねて言うが効果なし。そう言えば俺、にアンテナ刺して何やったかな?覚えて無い程、色々やった気がする。警戒を解く様子の無いに俺は肩を竦めて溜息を吐いた。

クロロと早く悪巧みしたいなぁ。