夕方の街中。眠気が完全に抜けない顔で歩く、1人の少女が居た。




白糸の繊細な刺繍の施された黒いミニチャイナドレス。下にショートパンツを履き、白い健康的な生足がすらりと伸びていた。顔立ちは愛らしいの一言に尽きる。ぱっちりとした大きな瞳は深い青色で、宝石のような輝きがあった。


歩く途中、すれ違う人々の視線を一心に集めるものの、少女は気にする素振りを見せない。目的地の近道である細い路地を見つけると、薄暗く危なげな雰囲気が漂う場所にも関わらず、スタスタと先に進んだ。小さくなって行く少女の背を眺めた顔の無い男が呟いた。


黒猫、と。




薄暗い細い路地。ペタペタと履いているサンダルの音だけが響く。縄張りにしている者達の姿はどこにも見えない。少女の存在に気が付いた者から順に、路地の中の更に奥に身を隠し、息を飲み、静かに少女が通り過ぎ去るのを待った。微かに聞える息を殺す音に気付くものの、少女は気に留めず、ただ先に進む。姿はおろか気配が完全に消えるまで、縄張りにしていた者達は表に出る事が出来なかった。ようやく姿を現した顔無しの男が大きく息を吐き、生きた心地がしなかったと別の顔無しの男に言う。新しく入ったばかりで事情がわからぬ男に少女が消えた道を顎で杓った後、男は調達屋の黒猫だ、と教えた。




路地を抜けると大きな屋敷の前に出た。門の前には赤と青の姿。


「こんにちわ、ディー、ダム」
「お姉さんだ!」
のお姉さんだ!」


背丈よりも大きな斧を手に、赤と青の同じ顔が少女を見つけると駆け寄って来た。手を広げ、ぎゅっと抱き付く。しかし、抱き付いた先に居たのはお互い。間に居る筈の少女は少し離れた位置で呆れた表情で立っていた。


「斧持ったまま、抱き付かないでよー」
「えー」
「えー」
「お姉さん、抱き付かせてよー」
「抱き付かせてー」
「君達、この間、髪の毛引っ張ったからやだー」
「そんなー」
「酷いよー」


ぷぅと頬を膨らませた少女が、酷いのは君達だよ、と言って、後ろで括った黒髪を数回撫でる。


「だってお姉さんの髪の毛、猫の尻尾みたいなんだもん」
「うん、スベスベして触ってて気持ち良いよね」
「気持ち良いからってちょん切ろうとしない!」


あー、怖い怖い。大声で大袈裟に言うものの、少女の顔は若干青ざめていた。


「ま、今日はこれから帽子屋さんに用があるからお邪魔するね」


赤と青の双子が門を開ける前に、少女はひらりと門を飛び越えた。柵を隔てて2人に手を振る。


「お姉さん、仕事終わったら遊ぼうねー」
「約束だからねー」


元気の良い双子の声に、負けじと少女も元気良く答える。


「今日は仕事入ってるから無理ー!」


屋敷の敷地の奥の方に消えて行く少女の背に、不満そうな双子の声がぶつかった。








軽やかな足取りで少女が進む。すると、耳に馴染んだ炸裂音が聞えた。最初に1回。続いて2回。


「ありゃー。お取り込み中ですか?」


まるで知人のラブシーンでも目撃したような軽快な声だった。白の同じ服装の男達、そして女達。その中心に立つ、頭1つ分高いオレンジ色を見つけて少女が話しかければ、くるりとオレンジ色の頭が振り返った。ぴょこっと興味が沸いたように、オレンジ色の髪から見える耳が動く。


「おー、か。相変わらず仕事が早いな」
「それがモットーですから」


少女の姿を見つけたオレンジ頭の男が周囲に指示を出す。人垣の中心に射殺体が1体。しげしげと覗き込んだ後、あれを送り主に返すの?と少女が尋ねれば、返すと短い言葉で返って来た。


「三月兎さんが自ら始末するなんて珍しいね」
「俺はウサギじゃねーぞ」
「役割上、そういう名前でしょ?」
「そういう事」
「エリオットさんは相変わらずだなぁ」


ぴょんぴょんと跳ねる耳を鑑賞しながら、血臭のする場所で少女はにこやかに笑って見せた。ウサギ耳を持つ青年に案内され、屋敷の奥に進む。


「ブラッド、入るぞ」
「ああ」


屋敷の奥の重厚な扉をノックし、主の許可を得て中に進む。本を片手に気だるそうに佇む派手な帽子の男に、少女はペコリと頭を下げた。


「ご注文の品、お届けに参りました」


その言葉に男の顔に生気が満ちる。先程の気だるげな、やる気の無さはどこに消えたのだろうか。生き生きとした表情に変わった。


「まずはル=レイ=モンド社の茶葉と、オリジナルレシピ」


背中に背負った黒のリュックサックを下ろすと、中からひょいひょいと注文された品を次々と取り出す。机に並んで行く物の数々を1つ1つ手に取っては、うっとりとした表情に変わる帽子の男を横目に注文された品のリストを読み上げる。


「これで今回の注文はよろしいでしょうか?」
「ああ、いつもながら君の仕事の出来栄えの良さには感心させられる」
「お褒めに預り光栄です。また、何かあれば、お使い下さい」
「ああ」


帽子の男が艶めいた表情で茶葉の入った缶を指でなぞる。それを仕事人として誇りある顔で少女は眺めた後、暇しようと挨拶をすれば、待ちなさい、と静かな声で少女は引き止められた。


「これから暇はあるのか、?」
「生憎とあと3時間帯程、配達業務で埋まっております」
「ふむ。それなら4時間帯後、ここでお茶会でもしないかね?」
「良いですけど、宜しいんですか?」
「ああ、君なら構わないさ」
「それではまたお邪魔させて頂きます。あ、ブラットさん」
「何だ、?」
「ゆっくりお茶会したいなら、双子にきっちりきっちりきっっっちり、仕事言いつけて下さいね」
「・・・・・・・あの2人は一体君に今度は何をしたのだ?」
「気に入ったとかで、髪を切られそうになりました」
「ほぅ。女性の髪、特に君のような綺麗な髪を切り落とすとは・・・感心出来ないな。きっちり仕事を言いつけておくから、安心して屋敷に来ると良い。私も新しい紅茶はゆっくりとした環境で、そう出来れば夜に、更に言えば君と、そしてオレンジ色のあれを見なければ更に良い・・・」
「・・・オレンジですか」
「・・・ああ」


少女と帽子の男の視線が、ウサギ耳の男に向けられる。視線を向けられ、へ?と目を丸くした男の耳が驚いたようにぴくんと動いた。


「な、なんだよ、ブラットもも」
「なんでもないさ、エリオット」
「そうです。何でも無いですよ、エリオットさん」
「気になるだろう。言ってくれよー!」


にっこりと眩い笑みを向ける2人に、耳をピンと立てた男の叫びが屋敷内に木霊した。