依頼を1つ片付けて、少女は元来た道を歩いて行く。会う度に過剰な愛情表現で出迎える双子に、またねと言って手を振れば、少しだけ寂しそうな顔で、またね、と返す双子。悪戯は良くされるがそれでも慕ってくれるこの兄弟達に対してついつい甘やかしてしまうと、少女は苦笑いを浮かべながら、彼らの姿が見えなくなるまで手を振った。




眠気が完全に取れたすっきりとした表情で、少女は次の配達先に向かって歩く。今回の時間帯は短く、夕方が終わりを迎え始める。茜色の空の色がゆっくりと柔らかい白に変わり、ゆっくりとそこに水色が足されて、爽快な青空が広がった。眩い明かりが辺りを包み、少女は少しだけ目を細めた。


途中、道は二又に分れた。左に行けば次の配達先、右に行けば次の次の配達先。どちらに行っても問題は無いが、夕方を好む女王は昼になった事で大層機嫌が悪くなったのは容易に想像が出来た。そして昼を好むオーナーは時間帯が変わって一層機嫌が良いだろう。最も彼はこの世界の気まぐれな住人と比較すれば、わりとまともな人間ではあるので、時間帯1つで機嫌がころころ変わるような人では無いけれど。そんな訳で少女は左では無く、右の道を歩き始めた。女王様との約束は10回目の夕方が来るまで。さっきで7回目。まだ余裕があるから大丈夫。そう考えながらも思わず首の後ろをさすってしまったのは、うっかり彼女の口癖を思い出してしまったからだろう。




街中を抜けてしばらく歩くと、大きな門が見えて来る。門の柵の向こう側には色鮮やかなアトラクションが立ち並んでいて、賑やかな音楽と人々の歓声が聞える。門に立つ従業員に少女が挨拶をすれば、先に入って行った客とは違う入り口に通される。VIP待遇で待つ事無く遊園地の敷地内に足を踏み入れれば、迷う事無くアトラクションとは別方向、宿泊施設の立ち並ぶ一角に向かって歩き出した。


「あ、
「あ、ボリスだー」


見覚えのあるピンク色の猫を見つけて、少女が手を振る。駆け寄って来た猫は立ち止まった後、久しぶり、と言って抱き付いて来た。スリスリと少女の頬に頬擦りをする。


「元気だったかー?」
「うん、元気だよ。ボリスは?」
「俺も元気。今日は遊びに来たのか?」
「残念ながら仕事ー。オーナーに会いに来たの」
「おっさんか。おっさんなら、さっき・・・」


チラリとボリスはアトラクションの立ち並ぶ方に視線を向ける。少女も同じように視線を向ければ、賑やかな音楽に混じって、どこをどう間違ったらこんなに音が外れるのだろうと言う楽器の音が聞えて来た。


「不協和音だねぇ」
「おっさん、あれさえなきゃ、本当良い人なのに」


ふぅと息を吐く1人と1匹。そこに従業員の男女2人が通り掛かった。ボリス様、様。言葉は非常に丁寧なのだが、言い方が非常に元気が良い。


「ああ、良い所に来た。ゴーランドのおっさん知らない?」
「オーナーなら、あちらですー。ご案内いたしまーす」
「いや、仕事の用だから、呼んで来て貰えないか?」
「畏まりました。では、オーナーを呼んで来まーす」
「ご案内致しまーす」


従業員の男が不協和音の聞える方向に走り出し、女がを案内する。またなーと手を振る猫と別れて少女は女の後に続いた。




「おー、。久しぶりだな!」


不在なのにも関わらず、オーナーの執務室に通された少女は、ソファーでぼんやりと待っていると、すぐにヴァイオリン片手に上機嫌でここの主がやって来た。挨拶代わりに1曲弾こうとするオーナーを何とか上手い口実で引き止めると、少女はリュックサックの口を開いて品物を取り出す。


「注文のリュートとウクレレです」


応接用の品の良いテーブルの上に弦楽器が2つ置かれる。歓声を1つ上げて先に大きな方に手を伸ばすと、心得たとばかりに弾き始めた。ベンベンベベンベン。リュートなのに、何故弾き方が琵琶なのだろう。少女は疑問に思うものの、音が外れていない方が重要だったので口には出さなかった。口に出したら最後、弾き方を尋ねられ、また音の外れた音楽を聴く羽目になる。一頻りリュートを弾くと、今度はウクレレに手を伸ばし弾き始める。今度は弾き方がギターだった。音が外れていないので、黙って聞いていると、気分が乗って来たのか、オーナー自ら美声を披露し出した。


「・・・・・・・・」


自称、美声である事は少女の顰めた顔を見れば誰でもわかるだろう。今すぐ逃げたい気持ちをぐっと抑えて、少女は1度口を閉じたリュックサックを開けると、こっそり小型のワイヤレスイヤホンを取り出した。プレーヤー内蔵型なので耳に装着すれば、耳障りな音がほぼ消えて、軽快なクラッシックが流れ始める。


ウクレレを弾く手と口の動きが止まるのを見計らって、素早くイヤホンを外すと、パチパチパチと少女は拍手した。大袈裟過ぎず、かと言って閑散としたものになり過ぎない。程良い彼女の拍手はオーナーである男の自尊心を十二分に満たした。見た目は16,17歳の少女だが、この仕事を始めてそれなりに長く、人を立てる所と言う事を良く理解している。


「おー、良かったか?」
「ええ、とても」


営業スマイルで微笑めば、そうかそうかと男は上機嫌で返した。


「よーし、折角、が気に入ったのなら、アンコールでも弾こうか!」
「折角ですが、次の配達もあるので、今度来た時の楽しみにしておきますね」


愛らしい少女ににっこりと微笑まれれば、悪い気のする男はそうそう居ないだろう。少女の仕事熱心さを気に入っている男は、少しだけ残念そうに笑うと、遊園地の門まで少女を見送ったのだった。


当分、この人から次の仕事が入りませんように。


見送られた少女が内心そんな事を思っている事など、露とも知らずに。