帽子屋
大好きな紅茶で客人を持て成す。それが帽子屋のルール。前回の客人は無精ヒゲを生やした公爵だった。領土争いでは度々手を焼かされたものだと振り返る。そして、今回の客人は、ある意味前回よりも性質が悪い。愛して止まない紅茶を口に運びながら、ブラッドは正面に座る客人を見た。
「今回の客人がこんなに可愛らしいお嬢さんだとは、想像しなかったよ」
「お褒めに預り光栄です」
にこりと笑みを1つ浮かべると、カップから沸き上がる芳香を楽しんだ後、少女は紅茶を口にする。中身が毒物であるか心配する素振りも見せずに、一口。また一口。体を毒で慣らしてあるのか、それとも見かけ通りのお嬢さんなのか。ブラッドは見極めようと観察すれば、目と目が合った。にこりとブラッドが微笑めば、少女もにこりと微笑む。
「紅茶を愛して止まない帽子屋ファミリーのボスが、折角の紅茶を台無しにすると言う愚行を犯すとは思っていませんので」
幼さの残る少女の笑みには不釣合いな言葉が飛び出して来た。ピクリとこめかみを1度動かした後、ブラッドが問い掛ける。
「それは私と言う人間を高く評価しているのかな、お嬢さん?」
「ええ」
テーブルに並んだ色とりどりの菓子の中からクッキーを1枚選ぶと、口に運ぶ。顔立ちこそまだ幼いが、その動きはとても洗練されている。顔から服まで殆ど黒と白で埋め尽くされた少女。唯一、赤を持ち合わせているが、唇には軽やかな笑みを、そして目には柔らかくも深い赤。見つめれば見つめるほど、色は濃さを増して行き、自分の意識ごと飲み込まれてしまうと錯覚してしまいそうな深い色だった。
「君がスペードの城の女王だったら、さぞやりにくかっただろうな」
瞳の色につられるように、ブラッドが際どい言葉を投げ掛ける。
「私は騎士ですから。でも、城までお出でになられれば、そう思われるかと思います」
「君は城からは出ないのかな?」
「妙な事を。今、こうして貴方とお茶会をしていますのに」
「また、お茶会には来てくれるのかな?」
「お誘いがあれば、私が来ましょう」
一見、何て事無い会話。その中に含まれた意味を正確に読み取って、ブラッドは苦笑する。手の内を明かす事で牽制するつもりなのか、それとも混乱させるつもりなのか。どちらにしても、退屈とは縁の無い話だ。
「気が向いたら、私自ら、城に出向くかもしれないな」
こちらから仕掛ける気は無いが、向こうから仕掛けて来た時には相手をする。暗にそう言った少女に答えを返せば、夕焼けの光を称えた少女の目が楽しげにゆっくりと伏せられた。柔らかくも濃い赤。薔薇でもあそこまで美しい赤は生み出せないであろう。
「楽しみにしております」
鈴を転がしたような声。領土よりも欲しいと思わせる力を持つ役持ちの少女。争いを制しつつも、少女が手に入る。そんな都合の良い話を実現させる為、ブラッドは策を練る。今回はきっと自らの手で計画を壊す事は無いだろう。
(女王もきっと欲しがるだろう。手に入れた時、どんな顔が見られるか楽しみだ)