ハートの騎士
一刀の下、切り捨てられた。ざわめきが兵士達の中に広がる。突き出される槍と剣。平然とした顔で受け流すと、振るった剣の下にまた屍が出来た。
「貴方達、下がりなさい」
「さま」
悲鳴と歓喜が入り混じる。兵士達が左右に分れ、明け渡された道を悠然と歩いてやって来た少女には顔があった。役持ちだ。色合いや紋章こそ違うが、ハートの騎士である自分が着ている物と良く似た黒い制服だった。
「あ、君がスペードの騎士?」
「ええ。スペードの騎士、=と申します。どうぞ、よろしく。ハートの騎士殿」
「よろしく・・・って言う顔じゃないよね」
「ええ。部下が3名ほど先程殉死しましたので」
「あはは、それは不幸だったね」
「ええ、まったく」
不幸の原因であるエースは爽快に、対して黒い騎士は傍迷惑そうに言葉を交わす。
「ところで我がスペードの城の領土内に何用でしょうか、ハートの騎士殿」
「あ、エースで良いよ。俺もって呼ぶし」
「それではエース殿。我が領土内に何用でしょうか?」
「用は無いんだよね」
「では、迷われた、と?」
「うん。俺、知っての通り、迷うの得意だからさ。ハートの城に行くつもりだったけれど、気が付いたらスペードの城の方に入っていたみたいだ」
「・・・そうでしたか。それではハートの城まで道案内でも致しましょうか?」
「え?良いよ。そっちの仕事の邪魔になるだろうし。それに俺、良く刺客に襲われるからさ。優秀なスペードの兵士に何かあったら大変だろ?」
「それならば、私が道案内でもしましょうか?」
「え、良いの?」
「ええ。これ以上の部下の殉死は困りますからね」
「あはは。確かに部下が居なくなると、仕事が滞るから大変だよね」
「・・・まったくです。それでは、参りましょうか」
顔無しのスペードの兵士達。その口元に安堵の笑みが浮かぶ。誰1人、上司である騎士の心配をしないのは、彼女の力量をわかっての事。ハートの城とスペードの城。対を成す2つの城の騎士である自分達。
(この女の子が俺の対ね・・・)
対を成す2つの城は中身が正反対とも言われているが、男と女と言う意味では対称的ではあるが、それ以外はどうなのだろう。
(ま、いずれわかるさ)
共通点なんて、騎士である事と瞳の色しか無さそうな、対の存在。隣を歩く少女は、自分よりも頭1つ小さく、騎士としてはとても華奢で。騎士と言うよりも姫と言う方がしっくり来る程の容貌だった。
(何か傍に居ると落ち着く。これって対だからかな?・・・でも、俺の対に弱い奴は要らない)
少女の細い腰に差した銀色の剣が飾り物で無い事をエースは願うばかりだった。