白兎


眼下に広がる赤と黒の群れ。剣戟の音と銃声の音が絶えず繰り返される光景。怒声、悲鳴、雄叫び、色んな声が混じり、鮮血が飛び散る。意味の無い事だ。自分があの中に入ればあっと言う間に片が付く。だけど、白兎は動かない。物見台に立ち、顔無し達の無意味な戦いを目に映す。


「あれ?ペーターさん、動かないの?」
「僕が動く訳がないでしょう」
「でも、皆、戦ってるぜ」
「僕は綺麗好きな兎なんです。あんな汚い所に行ったら細菌が付きます」


冷ややかに同僚の言葉を流して、ペーター=ホワイトはまっすぐ戦場を見る。事前に打った策はある程度効いているようだが、それでも決定打とまではいかないようで、スペードの兵士達の軍勢を切り崩したものの、黒い軍勢は一向に引く気配を見せなかった。


「まったく。何故、こんな事をしなければいけないか不思議でなりませんよ」
「そうだよなぁ。俺達が介入すればこんな顔無し同士の戦い、すぐに決着が付くのに。領土争いの時には必ず顔無し同士争わなきゃいけないなんて、理解し切れないぜ」
「これが『ゲーム』でそれが『ルール』である以上、従う他無いでしょう。・・・ところでエースくん。すぐに片が付くと言うなら、さっさと片を付けて貰えませんか?」
「あはは、ペーターさんに言われなくても行くよ。・・・ただ、残念ながらすぐには片が付かないと思うぜ。向こうもが前線に出て来たみたいだ」
「・・・。スペードの城の実質の統治者とも言われている、あの騎士の事ですか?」
「そうみたいだね。向こうは王も王妃も大して強く無いみたいだから。あ、それから今回は向こうの宰相も出てるみたいだぜ」
「宰相?ああ、スペードの城の宰相も入れ替わりがあったばかりでしたね」
「ペーターさんも1度会って見ると良いよ。向こうの宰相と気が合いそうだし」
「・・・君がそう言う時点で絶対に合わない気がします」
「えー?そうかな?だって向こうの宰相、黒兎だぜ!」
「・・・・・・僕を馬鹿にしているんですか?」
「いやいやいや、共通点多いなぁって思っただけだよ。名前もピーター=ブラックって言うから、似てるだろ。あ、噂によると、見た目は真っ黒なのに、お腹の中は真っ白で、ほら、ペーターさんと正反対だろ!きっと気が合うと思うんだよね!」


ガウン、ガウン、ガウン。


時計を一瞬で銃に変え、ペーターが発砲する。突然の味方陣営での発砲音。奇襲かと慌てたハートの兵士達が見たのは、冷血な宰相の撃った無数の弾丸を、笑顔で難なく避けている上司の姿だった。


「さっさとそのとやらの所に行ったらどうですか?」
「あはははは、流石に彼女も俺が居ないと退屈だろうし、行って来るかな」


最後の一発を避けると、剣を構え直しエースは物見台から飛び降り、前線へと走り出した。


ガウン、ガウン、ガウン。


背後からおまけとばかりに撃って来た、ペーターの狙撃を見事に避け、戦場には不釣合いな爽快な笑みを浮かべて。




不運な癖に実力だけはある同僚の背を一瞥して、ペーターは再び戦場を見据えた。策は問題無く発動し、一時は軍勢を切り崩す所まで行ったが、今見た限りでは即座に立て直されてしまったようだ。立て直したのは、スペードの騎士か、それとも黒兎か。スペードのキング、クイーンは大して強く無いと言われているが、新しく就任した騎士と宰相がそれを補うだけの力を持ったようだ。最もゲームは基本的に『公平』に行われるので、弱い所に強いカードが配られたのは至極当然の結果とも言えた。


(僕もそのうち前に出なければいけないようですね)


面倒ではあるが、これがゲームのルール。負けを良しとしないペーターの頭の中、新しくスペードの騎士と宰相の駒が加えられ、盤上で今後の動きを予想する。


(僕の手のひらの中で、無様に踊ると良い)


遠目でエースと互角の勝負をする黒い影と、自分と同じく物見台に立つ黒い影に向かって、ペーターは不敵に微笑んだ。