黒兎


赤の洪水の中に聳える物見台。そこに立つのは白い影。冷血なる白の宰相。


「・・・噂通りだね」
「・・・本当だね」


対面に同じく設置された物見台で、感嘆とも呆れとも取れる溜息を吐く。眼下に広がる黒い軍勢。その一角が爆発によって吹き飛ばされた。隊列は乱れ、崩れた場所を一気にハートの兵士達の猛攻が襲った。


「・・・白兎なのに、お腹が真っ黒なウサギさんだね」
「・・・まったくだね」


しみじみとそう呟くのは、黒いウサギ耳を持つ少年と黒い制服に身を包んだ少女。互いに互いの顔を見合わせ、溜息を吐く。


「何でゲームなんてあるんだろう。領土なんて、僕、要らないのに」
「それに関しては同意するよ」
「大体にしてキングもクイーンも何で居ないの?あの人達、領土欲しがっているなら出て来るべきだよ」
「いや、邪魔になるから出るなと私の方で通達しておいた」
「あーーー、確かに邪魔だね」
「邪魔でしょう」
「うん、邪魔」


役持ちとしては恐ろしいくらい力の無いスペードのキングとクイーン。良く今まで誰にも屠られずに生きて来られたのが不思議な程、彼らは弱かった。顔無しよりは強いけれど、役持ちとしてはおそらく最弱だろう。その癖、弱い癖に王族としての役割を持つせいか、プライドだけは人一倍高い。今回のハートの城との領土争いに出て来られれば、全軍を指揮すると言いかねない。いくら代えが利く存在とは言え、一度に多くの兵士の命が失われれば、補充するまでに時間も掛かる。


チラリと黒兎、ピーター=ブラックは隣に立つ少女を見る。大方、王と王妃が出る程の戦では無いと持ち上げるだけ持ち上げて、城に残って貰ったのだろう。力だけならば城の誰よりも強いのに、ルールに縛られた少女は、愚かだとわかっていながらもスペードのキングを主としている。まるでそれが騎士のあるべき姿と言わんばかりに。


「ピーターはここから軍勢を立て直すよう、指揮をお願い。私は前線に出て、向こうの勢いを押えるから」
が動けば、まず間違いなく、向こうもハートの騎士が出て来るよ。一騎打ちになる前にある程度立て直すから、そっちもハートの兵士達の勢いを削ってね」


それじゃあ、これが終わったら帰ってお茶会だね。そう言って送り出したピーターに微笑むと、物見台から舞い降りた少女は颯爽と前線に移動した。猛攻で押され気味になっていた黒い軍勢が、しばらくすると逆に勢いを増し、押し返して行く。だが、しばらくすると赤が再び盛り返す。勢いが拮抗し合った両軍、押してもすぐに押し返され、押し返してもまた押されを繰り返す中、1組の赤と黒の男女が最前線のど真ん中で遭遇し、互いに剣を抜き、ぶつかり合う姿を目視で確認したピーターは、おそらく今同じように自分を見ているであろう白兎に向かって、にっこりと笑って見せた。


(領土争いには興味は無いけれど、があの赤い騎士に負けちゃうのは見たくないんだ。それにこの後は楽しい楽しいお茶会なんだよね。早く終わりたいんだ、僕。だから、―――本気で行くよ、真っ黒な白兎さん)