この世界の『役持ち』には、いくつか『ルール』が課せられている。


全員に共通しているルールは『定期的に殺し合う事』。それ以外は『役持ち』によってそれぞれ異なったルールが課せられている。ルールには大小様々存在し、その対象も様々だ。有名なのは、領土争いをする陣営のトップ達に課せられたルールだろうか。


ハートの城の支配者は、定期的に舞踏会を開かなければいけない。
帽子屋は、定期的にお茶会にゲストを招かねばならない。
遊園地のオーナーは、定期的に遊園地に招待しなければいけない。
そして招待している間は、互いに『殺し合い』を禁ずる。



数多くのルールがこの盤上世界を縛り、そして駒である役持ち、役無しを動かしている。そんなルールの中にこんな物がある。


スペードの城の支配者は、定期的に御前試合を開かなければいけない。




御前試合とは、何なのか?


基本的にハートの城で催される舞踏会と余り変わらない。豪華な衣装を身に纏い、豪華な食事で腹を満たし、美酒で喉を潤しながら、ダンスを踊る代わりに真剣試合を見物するのだ。とは言え、役無し同士の真剣試合見物に役持ち達が満足出来る訳がなく、専らどちらが勝つか賭ける方に楽しみを見出していたのだが・・・。


「こうやってと何の障害も無く戦えるなんて嬉しいなぁ」
「・・・・・・・・・」
「あれ?嬉し過ぎて言葉も出ない?」
「呆れて物も言えないだけですよ」


にこやかに笑う青年に対し、心底嫌そうに少女は眉を顰めた。御前試合、最終戦。本来ならばスペードの城の軍部を統率するスペードの騎士と宰相である黒兎の試合の筈だった。しかし、入場口から現れたのは、どういう訳かこの笑顔のハートの騎士。


「ちょっとピーター君に代わって欲しいって頼んだんだ」


裏など無さそうな笑顔だったが、彼の言葉をこの少女が信じる筈が無かった。慌てて駆け寄った顔無しの兵士に様子を見に行くように指示を出す。駆け出した兵士を尻目にエースが「大丈夫。ちょっと疲労で立てない程度だよ」と言い、その言葉に冷ややかには「どこが大丈夫か教えて頂きたいものです」と返した。


「ほら、死んでないし」
「そういう問題では無いでしょう?」
「ところでそろそろ始めない?」


腰に差した剣にエースが手を伸ばす。が頭の米神の部分を押さえながら、頭上の最上席に居るスペードの王に尋ねた。


「陛下、如何なさいますか?」


愚王の名で知られるスペードの王に臨機応変という言葉は無い。咄嗟に答えられる筈がなく、ブツブツと小声で呟くばかりで答えらしき答えは返って来なかった。


「前々から思っていたが、これはうちの王より数倍酷いな」


少し離れた位置で美酒の入ったグラスを傾けるビバルディが呆れたように漏らす。その言葉にハートの王は褒められている筈の無い言葉に苦しそうに苦笑いを浮かべ、傍に嫌々控えていた白兎は「仕方ないでしょう。アレは役持ちの中でも最弱ですから」としらっと当たり前のように毒を吐いた。


給仕する役無しのスペードの城の侍従達の顔に、僅かに苦々しい物が混じる。役の無い彼らは代えの利く存在で、その強さなど役持ちが象なら虫けらのようなものだ。そんな彼らの誇りと言えば、如何にして素晴らしい主(役持ち)に仕える事なのだ。だが、城の中で最上位の地位に居る王は他の役持ちから『最弱』と呼ばれる程度の強さしか持たず、妾と愛欲の日々に浸る毎日。最早、侍従達は王に何も期待していないが、それでも上に立つ存在が弱弱しい存在だと再認識させられると苦い顔をせざる得なかった。


「陛下、ご決断を」


呆れ顔1つ見せず、スペードの騎士が主に問う。横に立つハートの騎士が「よくあんな王に従っていられるね」と言おうと、その横顔は変わらず凛々しい物だ。その姿にスペードの城の侍従達の顔から劣等感の齎した苦々しい物が消える。。


「許可する。やれ」
「はっ!」


今更、王がいくら態度を繕ったところで周囲の白けた空気はどうしようもなかったが、それでもスペードの騎士が動けば空気は変わる。


「許可が出ましたが、やりますか?」
「勿論」
「ルールはいつもの通りで」
「りょーかい」


の言葉にエースは嬉々として答えた。いつもの通り、の言葉に観客の大半は首を傾げた。非公式の場・・・と言うか、機会さえあれば求愛と称して斬り掛かってくるエースと、毎回顰め面でそれを凌ぐである。


「それでは始めましょうか」


始めと掛け声の後、観客達は大きくその目を見開く事になる。役持ちとしては最強クラスの力を持つ騎士2人である。その2人がルール有りとは言え、本気でぶつかり合うともなれば―。


「目で追うのが精一杯だ」


荒事に慣れた顔無しの兵士で目で追うので精一杯。役持ちでもまだ若さ故に甘い所がある帽子屋の双子の門番が悔しそうに睨み付ける程、その力は役持ちの中でも群を抜いていた。高速で繰り出される剣閃はぶつかる度に火花が飛んだ。その技量は見るものを圧巻し、賭けの胴元すら賭けを始めるのを忘れたくらいである。


「あははは、良い!良いよ!!最高だっ!」
「私の心の平穏の為にもそろそろ死んでくれませんか?」
「嫌だよ。君とまだしたい事一杯あるし」


エースの口から次々と彼の『やりたい事』が溢れ出す。爽やかな笑顔とは裏腹にその単語は卑猥の一言に尽きる。その言葉には器用に米神の部分だけを引き攣らせた。


「っと、本気だね!」
「私は、いつも、本気です!」


顰め面で答えるの剣捌きが増す。エースもそれに呼応するものの、剣圧までは押え切れず、薄っすらと頬や腕に切り傷を負い始めるが、嬉しそうに笑うだけだった。


「俺の体に跡を残したいなんて、って積極的なんだね」
「黙って心臓に大穴開けて下さい」


噛み合わない会話が続く事、30分。ルールに従い、共に剣を手に立っていたので両者引き分けのまま、御前試合は終了した。


をからかうと面白いなぁ。潔癖症みたいだし、やっぱり処女?)
(何でアレが私の対なんだ?もっとマシなのは一杯居るのに・・・)


彼ら2人の気持ちが通じる可能性は、未だゼロである。