ギルカタール一と謳われた病院に、深夜、急病人が搬送された。それに伴い、病院内のスタッフも慌しく動き出す。


「こりゃ酷い」
「ああ、拷問用でやられたな」


診察台に横たわる男。中肉中背の中年の男。全身に酷い拷問の跡。医者達は痛そうに顔を顰めると、応急処置と輸血を行う。


「これ以上はシャーク様じゃなきゃ無理だ」
「ああ、だけど今日は・・・・」


一ヶ月前、シャーク=ブランドンに第一子が誕生した。彼の愛する妻は夫の手によって最高の出産環境の下、無事に出産を終えた。産後の体調不良の為、一ヶ月の入院を余儀なくされたが(と、言っても夫の過保護が一番の原因だが)今日、めでたく退院と相成った。


「僕にもついに弟が・・・」
「そうよ、貴方の弟よ」
「義姉さん、ありがとうございます」


感激のあまり頬を赤く染め、腕の中の赤ん坊を大事に抱えるメイズ。それを見て微笑むシャークは妻の腰に手を添え、優しく微笑む。


「俺は今日はこれで帰る。後は頼む」
「はい」
「あ、今日はまぁ忙しくなりそうだから、本当にやばいの以外・・・・呼ぶなよ」
「はい」


今日は呼ぶな、これから妻と楽しい一時を邪魔するなよ。ギルカタールらしい笑顔で念押ししたシャークに、部下達は恭しく頭を下げる。本当にやばい急病人と言うのは、そう滅多に来ない。少なくともこの病院で深夜に来た急病人で、シャークの手を借りなければならない事はこの数ヶ月無かった筈だ。この中年の男が運が悪いのか、シャークが運が悪いのか、スタッフ達が運が悪かったのかはさておき・・・。


「で、誰がシャーク様に急病人の事伝える?」
「絶対、奥さんとよろしくやってますよね・・・・」
「間違いないですね」
「・・・・・・こいつ、殺っちゃいます?」


病院に最も相応しくない台詞が飛び出す。うっかり口にした医師が慌てて訂正し直そうとするが、他の医者や看護士も揃えて同じ事を口にし出す。


「どうする、これ?」
「やっぱ、殺るしか・・・」


ああ、病院を自分は間違えたのだろうか?血が足りず霞む意識の中、運ばれた男はそう思った。自分が来たのはギルカタールで一番の病院の筈だったのに。


意識が途切れ途切れになる。視界が徐々に暗くなる。聞こえる音はだんだんと小さくなり。遂に男は意識を手放した。




数日後


目を覚ますとそこは白一色の空間だった。微かに感じる薬の匂い。病院独特の匂いだ。


「私は・・・・?」


男は思い出せる限り、ここ数日の事を思い出した。商談相手に嵌められた事。拷問された事。隙を見て逃げ出した事。部下に見つけて貰い、病院に運ばれた事。
そして・・・・。


「夢だったのか?」


意識が朦朧とする自分の目の前で、大勢の職員がじゃんけんをすると言う光景が頭から離れない。


「夢だったのか?」


何だか物騒な台詞すら聞いた気がする。医者に、その、殺すとか。


「夢だったのか・・・?」


男の問いに答える者は居ない。どんなに気になっても誰にどう尋ねて良いかわからず、結局口に出せないまま、退院の日を迎えるのであった。