「あんた達は一体どういう関係なんだ?」
王都の中心に建つバーカウンターで、隣合わせで座る男、シャークにそう問われて私は即答出来ずに首を捻った。
「難しい事を聞くね」
「難しいのかよ」
「難しいわ」
手にしたカクテルのグラスに浮き立つ炭酸の泡を見ながら、私は重ねて「難しいわ」と答えた。綺麗なスカイブルーのカクテル。何のリキュールがどの位入っているかなんて、1度飲めば大体わかる。理解するのは人一倍早いと自負がある。カクテルに限らず、体術でも魔法でも。
どんな学問も、どんな数式も、解く自信がある私がいまだ嘗て解けずにいるモノ。私にとってカーティス=ナイルと言う人間は、そんな難解な存在だった。その難解な存在との関係を説明するのは、カーティスの存在以上に難しい。
「だって考えて見て。私達、会う度に戦ってるのよ」
「良くやり合ってるのは知ってたけど、会う度かよ」
「常人ならとっくに墓場行きよね」
「常人じゃなくても墓場行きだぜ、そりゃ」
「シャークなら何とかなるんじゃない?」
「毎回、逃げ切れたらな」
「流石に俺でもカーティス相手じゃ分が悪い」とシャークは、空いたグラスを軽く振った。カランと中の氷を小さく鳴らして、空いたグラスをバーテンに手渡す。すぐに新しいカクテルが出されるが、それもすぐに消えていくだろう。のんびりと酒の味を楽しむタイプのシャークにしては今日はピッチが早い。時々、シャークが目だけ動かして、様子を窺っているのは奥のテーブル。派手な外見な男と向かい合わせで座るのは、この国で最も高貴な女性の一人。アイリーン=オラサバル。現国王の唯一の子にして、王位第一継承者。上等な物しか知らず、蝶よ花よと育って来た筈の王族である彼女が、砂漠に住むモンスター達の牙や毛皮の売値を商人と交渉しているのだから、この国は、この王女は、面白い。
「私から見たら貴方達の関係の方が気になるわ」
「姫さんとその婚約者候補の1人。今はそれだけさ」
「今は、ね」
「ああ、今は」
強調して聞き返す私に、シャークも同じように強調して答える。ニヤリと不敵に笑う男に、私もニッコリと笑って見せた。地位も名誉も欲しい物は全て手に入れたと豪語する男。婚約者候補の一人に挙がた時、名前に箔が付くと笑った男。そんなギルカタールでも指折りの実力者を夢中にさせるとは、流石ギルカタールのプリンセスと言うべきなのだろうか。
「そう言うあんたはどうなんだ?」
再び巡って来た問い掛けに、やはり首を傾げるしか無く、頭の中に思い浮かべてみたものの、これと言う答えが導き出せず、
「喧嘩相手って所じゃない?吹っかけて来るのはあっちだけど」
と言った。
「そう言えば、昨日も派手にやったらしいな」
「耳が早いね」
「あれだけ派手にやればすぐ話も回るだろ」
「緘口令は一応敷いたんだけどね」
それでも話と言う物は伝わる物だ。どれだけ教育された王室仕えを抱えようと、どんなに強い緘口令を敷こうと、人の中に興味心という物と情報が金になる以上、完全に断つ事は不可能であり、話は漏れて裏で伝わって行く。王宮が内部に緘口令を敷いたので、表向きに語る事は許されない内容でも、裏で密やかに人の間で交わされて行くのだ。
「あんた達がデキてるって噂してた奴も、今回で一気に見方変わったみたいだぞ」
「毎回、あれだけ戦っているだけなのに、そんな噂あったんだ」
「カーティスがあそこまで執着しているのが、あんたくらいだからじゃないのか?」
そう告げるシャークの言葉に、今までのカーティス絡みの苦労をうっかり思い出してしまい、胸に広がり始める憂鬱な気持ちを爽快な空の色をしたカクテルを飲み干す事で紛らわせる事にした。
グラスを置いて気を紛らわせば、この気分も少しはマシになるとは思うけれど、肩の疼きが一息つかす事を許してはくれなかった。肩が、少しだけ痛みを伴って疼き出す。
来る。彼が来る。この肩の関節を外して私を痛めつけた男が来る。
勢い良く立ち上がると、代金に見合わない金貨をテーブルに置く。「多過ぎますよ」と苦笑するバーテンに、「釣りは彼に渡しておいて」とシャークを見遣ると、そのまま急いでバーを立ち去ろうとした。何となくわかったのだろう。「またな」と意味深に笑うシャークに手を振ると、ボーイに金貨を握らせて従業員通路から逃げる事にした。
「こんばんわ。シャーク。はどこです?」
「ついさっき、用事が出来たって言って出て行った」
が立ち去って2分もしないうちに、話の男が現れた。ここに居ると情報を得て来たのだろう。シャークの隣の椅子が先程まで人が座っていたようにずれ、バーカウンターには空のグラス。グラスには彼女が好む青のカクテルの雫が少しだけ残っていて、カーティスは目を細めてそれらを眺めると、もうここには用が無いとばかりに踵を返した。
「ところで、カーティス」
「何です?」
不機嫌さの篭った声でシャークに背を見せたまま、カーティスが答える。シャークが呆れたように溜息を吐くと、今まで胸のうちに収めていた忠告をカーティスにする。
「いい加減、ナイフ出すの止めないと、あんた、一生に好きだって事、理解されないぞ」
「しかし、そうでもしないと逃げられるもので」
「まぁ、俺には関係ない事だから良いが、・・・・・顔を見ただけで逃げられるようになるなよ」
まるで今まさにその状態だぞ、と言外に匂わせば、心外だとばかりにカーティスは眉を顰めてバーを出て行った。
「こりゃ、しばらく苦労しそうだな」
外に消えて行ったカーティスの背を見て、シャークが呟く。「あんたもそう思わないか?」と話を振られたバーテンは、安易に同意する訳にも行かず、苦笑いを浮かべるだけだった。