王との取引終了まで後1日。深夜という時間でありながら、ギルカタール王女の自室のある塔の灯りは消えずにいた。
ギルカタールの王都は眠らない街と言われているが、王宮が眠らない訳ではない。この時間、殆どの建物の灯りは消されている為、王女の自室のある塔の一角だけが煌々と灯りが灯っていて、そこだけがやけに眩しく見えるのだ。
その光を眺める影が2つ。影達は動かない。ただ塔の上を眺めている。しばらくして・・・塔の頂上を照らす灯りは消えた。塔の周囲も王宮もふっと暗くなる。
そして・・・。
影が2つ塔の前を横切った。暗闇に乗じて移動する2つの影を。最初から眺めていた影達は夜目が利く為、その2つの影が何なのかよく見えていた。
銀色の長い髪の男と、青みを帯びた黒髪の女。彼らは手と手取り合い、走り抜け、そして王宮の外へと抜け出して行った。彼らの表情は傍目から見ても喜びに満ち溢れた幸せそうなものだった。
「良いんですか?」
ギルカタール王家の王女が幼馴染の1人と逃避行。その現場を終始見ていた影がもう1つの影に尋ねた。影は答えず、2人が消えた王宮の外を眺めたままだ。
「もう戻って来ないかもしれませんよ?」
影は再び問う。
「お嬢様の選んだ道です。見送って差し上げましょう」
影はそう口にした。
逃避行した2人を隠すように雲は月を隠していたが、しばらくして雲が動き、月明かりが地上を柔らかい光で照らす。その光に照らされた影は本来の姿を現した。
杖を持った魔術師の服装の女。杖を持ったスーツ姿の男。女は男を気遣う眼差しで見つめ、男は2人が消えて行った方向をいつまでも眺めていた。
「さようなら、お嬢様」
男の別れの言葉は、慈しみ育てた生徒に言った物なのか、それとも愛した女に言ったものなのか。それはライルにしかわからない、とは思った。