カーティス=ナイルの家はスラム街の自身のギルドのテリトリーの一角にある。雇う為に必要な報酬はギルカタールでもかなりのもの。その代わり過去において失敗は無く、大事な仕事を頼みたいという顧客はこぞって彼を指名しているので稼ぎは相当の筈。しかし、彼の家はその稼ぎに似合わない質素な物だった。




今日、その家の玄関を潜る者が居たならば、そのまま踵を返して来た道を戻った事だろう。シャーク=ブランドンはそう思った。


「こりゃあ、なんだ?」


ここは、最近、ご贔屓にして貰っている客の自宅の筈だ。間違っても自分の病院の手術室では無い。そうシャークは思ったのだが、目の前の光景は何度瞬きしても変わることが無かった。


「随分派手にやったなぁ」
「ああ、シャークでしたか。いらっしゃい」
「先日の依頼品届けにアジトの方に行ったら、今日は自宅に居るって聞いてな。期限まで間近だったからこっちに持って来たんだが・・・」
「ご苦労様です。御代の方をお渡ししたいのですが、今、こんな状態でして。片付けるので少し待ってて貰えますか?」
「構わねぇぜ」


むしろそっちの方がありがたいと言う本音を飲み込み、改めてシャークは家の中を見た。


以前も急な仕事でこの家に来た事が1度あったが、その時は質素だが所々見ると危険物が無造作に棚や籠に入っていて、それがひどくカーティスらしい家だと思ったものだった。しかし、家とは帰る場所であり、寛ぐ空間であると何かと多忙なシャークは考えていたのだが、どうやら目の前の男は違うらしい、と、この光景を見て結論付けた。


(何で家の中がオペ室みたいなんだよ)


ギルカタールの病院に急患として運ばれて来る患者の中には、刃物で斬られて血塗れでやって来る者も当然居る。外科医であるシャークは今まで色んな凄惨な光景を目の当たりにして来たつもりだったが、ここまでの物は初めてであった。




部屋中に真っ赤なペンキをぶちまけたと錯覚するくらい、血塗れだった。所々飛沫血痕の跡も見られた。部屋のテーブルの上は血だらけで、滴っていて下に血溜りが出来ていて。これ以上説明が億劫な程、辺りは凄惨。カーティスの方を見てみれば、明らかに1人や2人では済まない躯の山が部屋の隅に出来上がっていた。部屋中、血の匂いで噎せ返り、慣れている自分で無ければ気分を悪くしていただろうとシャークは思った。


「これ、お前を狙った暗殺者か何かか?」


密輸商人としての自分が邪魔なのか、医者としての自分が邪魔なのか、それを知る気は無いがシャークの所にも時々刺客が放たれていたので、てっきりその類かと思ったのだが、カーティスは首を縦に振った後、横に振って首を傾げた。怪訝な顔でシャークはカーティスを見る。


「僕の留守中に僕のギルドを潰すつもりでやって来た人達です。途中、逃げたので部下達が捕まえて僕にくれたので、折角なので気が晴れるまで切り刻んで見たのですが・・・」
「その割には気が済んだように見えねぇな」


カーティスの傍の躯の山は最早原型を留めていない酷い有様だったのだが、その横顔は憂いたままだ。


「偶然来ていたを奴等は侮辱したんです。はどうとも思わなかったけれど、僕は奴等を殺したくなった。ただ殺しても飽き足らないくらいだったので、声帯を潰して両手両足の腱を斬って、生きたまま切り刻んでみたんですけど・・・」


気が晴れないんです、とカーティスは言った。弱弱しい声とは裏腹に、その行いはシャークですら思わず眉を顰めてしまう残虐な物だ。


(歪んだ愛情だな)


と友人関係にあるシャークは、それなりにと言う人間の人となりを知っている。お人好しに見られがちだが、もギルカタールに馴染んだ人間の1人。言われて腹の立つ事にはそれなりの報復もする性格なので、何もしなかったと言う事は本当にどうとも思わなかったのだろう。報復するなら自分でするし、少なくてもカーティスに任せたりはしない人間である。


(でも、あいつの気持ちもわからなくもねぇ)


シャークにも恋人が居る。ベタ惚れだとも自覚している。もし侮辱する相手が居たら・・・・・殺したくなるかもしれない、もしかしたらただ殺すだけでは飽き足りないと思うかもしれない。


(歪んでいるのは俺も一緒かもな)


己の歪んだ部分に気付き苦笑する。友人と目の前の器用なくせに不器用な男が付き合っていると言う話はまだ聞いていないが、上手く行って欲しいものだと、柄にも無くシャークは思い、玄関の外を眺めた。


外で所在無く佇む友人はシャークと目が合うと、気まずそうに視線を逸らした。