物心がついた頃には親と言うものが居なかった。


生きる為に盗みを働いた。ある日の夜、食料を盗んで市場から住処に戻る時の事。スラム街との境、人気の無い路地裏で、人の息絶えた音を聞いた。閃くナイフ、喉から噴き出す血飛沫、ヒューヒューと音になりきらない呼吸音、そして床に崩れる骸の音。本能がその光景を危険と感じた瞬間、まだ幼い少年は無意識に自分の存在を隠した。呼吸を止め、存在を隠すように気配を殺す。


学んだ事は無かったが、あの時は実に見事に出来たのだと今だからこそ思う。もし自分があの時の暗殺者であったならば、目撃者が例え幼い少年だろうと殺していただろうと思うからだ。


あの時が自分の才能の開花した瞬間だったのかもしれない。あの後、少年はその辺に転がっていた死体の腰にあった血で錆びた短刀を見つけると、それを手に取った。


数日後、少年は酒を飲んで絡んで来た男を実験台にする事にした。手に入れた短剣で喉を突く。男はあっさり死んでしまったが、少年はあの時見た暗殺者のように綺麗に殺せなかった事を悔やんだ。その男が持っていた細工の凝った細剣を手に入れる。次は綺麗に殺してみよう、そう思った。




殺す度に手にした凶器を変えた。幼かった少年はその間に年も取った。少年はその頃には自分の事をそれなりに理解するようになっていた。


暑いのが何よりも嫌いな事。
人を殺す事が嫌いでは無い事。
そして殺す事が人より得意だと言う事。


少年は暗殺者の道を選び、住処にしていたスラム街の暗殺者ギルドに入る事にした。ギルドに入り仕事をこなす事で見入りも増え、少年の凶器のレパートリーは増えた。


火薬も使った。
火薬の量を間違え、ターゲットの2軒隣まで吹き飛ばしてしまった。
毒薬も使った。
使うよりも色んな毒を集める方が好きだと思った。
ナイフが一番自分に合っていると思った。
急所を狙うか毒を塗れば一撃必殺も可能。
近距離、中距離、遠距離にも対応出来る。
何本も隠し持てる事も利点だ。


そうしてナイフを好んで使い、火薬の量を調整出来るようになり、本格的に毒薬の収集をするようになった頃。少年はギルドの頂点に立っていた。






見知った気配が近付いて来るのをわかっていながらも、カーティスはその手を止める事はしなかった。軽く腕を動かして、喉を一閃。勢い良く噴き出す血飛沫を見て、思わずカーティスは笑みが零れた。


嘗て自分が初めて目にした殺人現場での依頼遂行。あまり物事に固執しない性質のカーティスも、その場所に立って仕事を終えると感慨深い気分になった。




嘗て自分はその殺人現場に偶然垣間見てしまった時、その赤々とした光景に興味を持ったと同時にそこに佇む暗殺者に大いに恐怖を感じたものだった。その暗殺者だけは今でも恐ろしいとカーティスは思う。どれだけ強かったのか見極める為、暗殺者になりたての頃からその人物を探したのだが、見つけ出した時にはこの世には存在しなかった。どれだけの強さか計り切る前にその機会は永遠に失われ、カーティスの中に恐怖を感じた記憶は払拭されずに残ったままだ。


(彼女ならどう思うか気になりますね)


試す気持ちでナイフを真横に振り切った。噴き出した血飛沫、崩れ落ちる骸。その向こう側に彼女、が見えた。


彼女がどんな反応を見せるのか、偶然を装い『仕事』を見せてみれば。


「わざとやったでしょ?」


ジト目で見る彼女はあっさり見抜き、カーティスは苦笑するしかなかった。