その日、オアシスから1人で戻って来たアイリーンは、特に目的も無いまま酒場に入った。
知った顔が居ないかと周囲を見渡す。見慣れたロベルトのトレードマークの帽子を視界の隅に捉える。どうやら誰かと一緒のようだ。


何やら興味深い話をしているようなので、さり気なくカウンターの端に座り、いつものカクテルを注文する。カクテルに口付けながら、そっと耳をそばだててみた。


「・・・・と、言う訳で頼むよ」
「・・・・・わかりました。しかし、シャークが断るなんて珍しいですね」
「恥ずかしいだとよ。思春期の弟を持つオニイチャンだからな」
「まぁ、シャークの読むジャンルの本では無いですね」


後姿でわからなかったが、ロベルトと一緒に飲んでいるのはのようだった。2人のやり取りから察するに、ロベルトはどうやら趣味の本の調達をに依頼したらしい。本業は王宮魔術師の肩書きを持つは、魔法やマジックアイテムを使用して王宮に侵入する者を防ぐ事が主な仕事だと聞いた事がある。しかし、王宮の警備が厳重な上、の張った結界が強力なので、例の一件以来、侵入者も来ないので暇らしい。最近、マジックアイテムの開発を始めたようで、材料を仕入れに他国に出かける事も少なくない、と、そんな話をライルから聞いた覚えがあった。きっと他国に行ったついでに買って来るのだろう。


(シャークやロベルトよりの方が買う方が問題ないもの)


何しろ恋愛小説の購読者の大半が女性だ。弟云々と言ってシャークは断っていたが、案外部下に調達を命じるのも嫌だったのだろう。入手困難でシャークにしか手に入らない本に至っては、シャーク自身が動かなければならない時だってあったのかもしれない。


(だとしたらシャークが哀れね)


そんな事を思いながら、カクテルを口にする。カランと氷が小気味良く鳴る。中身の空いたグラスをバーテンに下げると、チェリーの浮かんだカクテルが目の前に出された。


「あちらのお客様からです」


振り向けば先程まで思い浮かべていた男、シャークが片手を挙げてすぐ隣に居た。まったく気配を感じさせずに現れたこの男をアイリーンは軽く睨む。


「折角奢るのに睨むなって、姫さん」
「気配を消して私の傍まで来るなんて良い度胸じゃない」
「そう言うなって。面白そうな話してるから、姫さんと一緒に聞こうかと思ったんだよ」


ちらりとシャークが奥の席に視線を送る。どうやら彼もあの2人に気が付いたようだ。


「そんな訳でお邪魔するぜ」


シャークが横に座る。バーテンにいつものと伝えると、彼お気に入りのカクテルが出された。それに口を付け、シャークは静かに向こうの様子を窺う。シャークと会話するよりロベルト達の会話の方が気になったので、アイリーンもまた意識を2人の会話に向けた。




「次はリオグラードに行こうかと思います」
「お、騎馬と騎士の国か」
「行った事あります?」
「残念ながら無い。隣のグルニアには行った事あるんだけどな」
「軍事国家ですか」
「ああ、軍隊がバカでかくて、軍人が威張ってる国だったな」
「闘争の女神の国ですから」
「ああ、戦バカが一杯居た居た。ま、良いカモだったけど」




「ロベルトにバカって言われたくないわね・・・」
「違いねぇ」


声を潜めてシャークが笑う。




「そういえば今リオグラードで恋愛劇が人気みたいですよ」
「どんな内容?」
「一言で言えば騎士と姫の恋愛劇ですね。王の一人娘に恋心を抱く騎士が攫われた姫を救いに旅立つ話です」
「おー、なかなか面白そうじゃん」
「もしかすると本も出てるかもしれないので買ってきます?」
「買って!」
「わかりました。後はどんな本を買って来ますか?」
「そうだなぁ、騎士の冒険物があったら欲しいな。それから・・・」


ロベルトのリクエストが続く。リクエスト1つ1つ真面目に聞く。よくあのテンションのロベルトに付き合えるなとアイリーンが感心する程だった。


「すげぇ、良くあの話に付き合えるな・・・」
「シャークも付き合わされた口?」
「一度な。・・・・・・もうゴメンだ」


その時の事を思い出したのか、途端に渋い顔になるシャーク。手にしたカクテルを一気に喉に流し込む姿に、どうやら忘れたい出来事だと悟る。


(私だってゴメンだわ)


キラキラと目を輝かせながらロベルトと恋愛本の話で盛り上がる。アイリーンは自分がそんな柄では無い事は良く分かっていた。普通の恋には憧れるけど、物語には興味が持てない。全てがハッピーエンドで終わるなら、それは既に普通では無い、そうアイリーンは思うのだった。


「と、言うか見ていて女の子同士の恋話してる姿に見える」
「重症だな、そりゃ。でも、俺にもそう見えるぞ」
「重症ね」
「重症だな」
「「ロベルトが」」


顔を見合わせ笑い出す。我慢しようかと思ったのだが、我慢できなかった。シャークの方も肩を震わせ笑っていた。


「あー、プリンセスにシャーク!」


さすがに気が付かれたようだ。こちらに近付くロベルト。後ろにはの姿も見えた。


「ねぇ、シャーク」
「なんだ、姫さん?」
「また2人で飲みに来ない?」
「ロベルトを肴に?」
「そう肴に」


笑いが止まらないその震える声でした提案は、同じく震える声でOKと返された。リオグラードからが帰って来たら、シャークを同行して酒場に行こう。アイリーンはそう頭の片隅に叩き込んだのだった。