「嫌です」
「嫌ですって言われてもなぁ」
「嫌なものは嫌なんです」
「俺、これでも大陸一の外科医なんだけど」
「貴方が触れたら僕の愛しい女王陛下が穢れます」
「アルコール消毒は医者の基本なんだが・・・」
「アルコールごときで消えるはず無いでしょう」
「じゃあ、どうするんだよ」
「早く別の医者連れて来て下さい。貴方の病院にも女医は居るんでしょう?」
「居るけどあいつは眼科医だ。産婦人科は専門外」
「貴方だって外科で専門外でしょう?」
「俺は基本的に総合的に診れるし、産婦人科医としての経験もある。メルの爺さんも前王妃の出産の際、取り上げた経験がある。国一番の内科医と外科医が揃って居るんだ。ここで新しく医者を募る必要無いだろ?」
「貴方は大事な人が他の男に触れられる事に耐えられるんですか。僕なら耐えられない。本当はが風邪をひいて診察されるだけで嫌なのに。それが出産なんて・・・・ああ、殺したい。どうしよう」
「気持ちはわかるけどな。俺なら自分で診察するし、自分で取り上げるから良いけど」
「あ、それです」
「はぁ?」
「良いですね。僕が取り上げましょう」
「はぁ?!お前医学知識無いだろ!」
「経験も無いですね。でも身に付けます。愛しい人の子供を取り上げる。愛ですね、愛」
「・・・・・十月十日のうちに覚える気かよ」
「ふふふ、お父さんとして頑張らないと駄目ですからね」
目の前で繰り広げられる漫才のような光景に、ギルカタールの女王は深く溜息をついた。隣で診察を終え、カルテに筆を走らせる老医師は、皺の深い目元を柔らかく細め、その手を止めないままこう言った。
「女王陛下の旦那様は若き日の前国王陛下そっくりでいらっしゃる。私もその頃はシャークくらいの年でしたが、ラスティア様のご懐妊の際には陛下もまったく同じ事を仰られて、大変困惑した覚えがあります」
「ねぇ、メル」
「何でございましょう、陛下」
「その時はどう収拾付けたの?」
「ラスティア様の鶴の一声がありましたので」
「お母様は何て言ったの?」
「いい加減にしないと噛み千切るわよ、と」
「どこを?!」
私の大声にも動じず、メルはいつもの柔らかい微笑を湛えるだけであった。