「俺は各地を放浪した後、現在はカラクシマで翻訳家をしてるって設定という事で」
「私はルーンビナス出身で、仕事は王宮魔術師。出会ったきっかけはどうするの?」
「仕事でカラクシマに来てた時、暴漢に襲われそうになって居た所を、俺が助けたってどうよ?」
「・・・・・・・・・・・・・・王宮魔術師が暴漢1人どうする事も出来ないでどうするのよ」
「えー、男のロマンだろ」
「矛盾が生じますよ。それなら私がルーンビナスでも評判のカラクシマの翻訳家に、歴史書を持って依頼した時に出会ったで良いじゃないですか」
「本が繋ぐ恋か。良いねぇ良いねぇ。それ採用」
「とりあえず、ロベルトはその格好どうにかしましょうね」
「気に入ってるんだけどなぁ、これ」
「誰がどう見てもギャンブラーの格好じゃないですか」
「まーな。よし、が俺の服、コーディネートしてよ」
「別に良いですけど」
「の服は俺が見立てて来るからな」
打ち合わせもそこそこのまま、意気揚々と宿を飛び出して行った恋人の背中を見送る。ボロが出ないか不安な所もあるが、本番に強い彼ならばきっと大丈夫だろう。そう思い込む事にして、私もロベルトの服を買いに行く事にした。
「ただいまー」
上機嫌で帰って来た恋人。私の姿を見つけるやいなや、キスをしてくる。ロベルトの両手には大きな紙袋が鈴なりになっていた。
「・・・いくつ買って来たの?」
私の言葉を物ともせず、目の前の恋人は私の肩に頭を預けて甘えながら
「だって、あんたに似合う物一杯あったんだって」
と言った。
その言葉に嬉しくなった私は、恋人の蜂蜜色した髪を優しく撫でた。
青のスラックスを履く。白と水色のストライプのシャツの上に、麻の白ジャケットを羽織る。蜂蜜色の髪はワックスで軽くスタイリング。濃い灰色の靴下を履き、栗色の革靴を履く。
カラクシマで翻訳家として活動中の好青年、ロベルト=クロムウェルの出来上がり。
クリーム色のワンピースに袖を通す。上に淡いピンクコーラルの半袖のボレロ。ボレロと同系色の編みサンダル。化粧は既に済ませているが、最後に入念にチェック。髪は降ろして櫛で梳かし、ルーンビナスで今流行中の白い帽子を被る。
ルーンビナスの王宮魔術師、=の休日の装いの出来上がり。
「お待たせしました」
男に比べて女の準備は時間が掛かるもの。それを読書をしながらのんびりと待っていた男は、手にした本を閉じると、愛しい恋人に向き合った。男が恋人の為に見立てた服は、予想以上に恋人に似合っていた。本をベットの上に投げ捨て、愛しい恋人を腕の中に閉じ込める。化粧が落ちる、口紅が移ると言う抗議の声を無視し、ぎゅーぎゅーと抱き締め、唇を奪い、じっくりと堪能する。
程良く満たされた頃、拘束を緩めると、恋人が顔をあげた。目はうっとりと潤み、頬は上気していて、唇は妖しく濡れていて・・・。男の理性を吹き飛ばすには充分威力のある恋人の艶めいた姿だったが、如何せん今日はこれから用事がある身。ここで例え無理矢理コトに及んだら・・・・後々泣きそうになるのは自分の方。
その辺を過去の経験で痛いくらい理解していたロベルトは、恋人の耳元で甘く囁いて開放するだけに止めたのだった。
(早く帰りてぇー)
久々に実家に帰るとは思えない不真面目さではあったが。
細いスペードの飾りが付いたシルクハット。鈍白色のスーツとスラックス。濃紺色のシャツ、ラメの入ったベスト。白手袋、ゴールドの三連ネックレス。
ロベルト=クロムウェルのいつもの衣装。そして私の買って来た服、2着分。
「何とか鞄に入りそうだな」
恋人はそう言って白い旅行鞄に仕舞い始めた。
白地に朱色のラインが数本入ったローブ。水色の石の填められた杖。藍色のブーツ。水浅葱色のブラウス、青碧のプリーツスカート。
=のいつもの衣装。そしてロベルトが買った大量の(数えるのも億劫な程の)服。
「さすがにこれは無理ですね」
恋人はそう言って、愛用の杖を取り出すと、服に魔法を掛けて小さなハンドバックの中に仕舞ってしまった。その光景に魔法を使う事になった原因であるロベルト=クロムウェルは、便利だなぁといつものように呑気に呟いた。
緑の多い豊饒の地。その地の小高い丘の上に一軒家。これから訪れる事態が想像出来たのだろう。溜息一つ吐き、ドアを開いた恋人は大きな声でこう言った。
「ただいまー。帰ったぜー」
聞き慣れた声と良く似た声が恋人の名を呼ぶ。ぞろぞろと彼と似た容貌の若い男が何人も出て来る。予想以上に似ていたので、つい彼らの姿に見入っていると、奥から現れたと思われる後に義理の父になる人に恋人は、容赦なく拳骨を貰っていた。
住んでいる人数の割には広いと言い難い家の中。木の香りと草の香りがする室内。大きなテーブルの前に座らされた私と恋人。対面に恋人の父母。恋人の兄弟達が適当な場所に座り、成り行きを見守っている。
「初めまして。=と申します」
そんな中、私は生まれて初めて、恋人の家族に挨拶と言うものをする事になった。
「さん。お茶はいかがですか?」
「あ、いただきます。ありがとうございます、ロバートさん」
「さん。後で農場の方、見ませんか?ちょうど子牛が生まれたばかりなんです」
「後で見に行きますね、ローランドさん。その時は案内お願いできますか?」
「さんはそこでゆっくりしていて下さい。ここは俺達でやりますから」
「ありがとうございます、ロジャーさん。お言葉に甘えさせて頂きますね」
「おはようございます、さん」
「さん、こんにちわ」
「だぁぁぁぁぁ、お前ら、俺の嫁さんにあれこれちょっかい出すな!ロイもロナルドもロビンもローランも離れろ!!」
ギルカタールにすっかり染まったロベルトの好みは、昔に比べると大分変わったと本人も自覚していたのだが、やはり根本的に変わっていない部分に加えて、連れて来た恋人が簡単に形容出来ないレベルの美人だった事が、この事態を招いたとロベルトは冷静に分析した。
(俺だけ兄弟の中では異端児だと思っていたけど、案外因子だけは皆持ってるかもなぁ)
しみじみと血の繋がりを実感しながら、傍らの恋人(もうじき嫁さん)に寄り付く(血の繋がった)虫を除去するので一生懸命なロベルトであった。