(ロベルト編)
「お姫様は初めて見るその機械に興味を持ちました」
「お姫様はその機械に触れると、チクリと指に何か刺さり、慌ててその手を引っ込めました」
「ああ、何と言う事でしょう。その機械、糸紡ぎには悪い魔女の魔法が掛かっていたのです」
「糸紡ぎの針で指を刺してしまったお姫様は、魔法に掛かり、そのまま眠ってしまいました」
コロコロと表情を変えながら、蜂蜜色の髪をした娘と、藍色の髪をした息子が足元で。横には娘と同じ髪をした夫が私の肩に頭を預けて。3人は楽しそうに私の読む童話に聞き入るのが、最近の夜の過ごし方。
(シャーク編)
最近、息子は寝る前に私に物語をせがむ様になった。夫に似て聡明な息子は、常に新しい物語を求めている。過去に話した物語を話し始めた日には、
「お母さん、それ前に聞いた」
「別のお話にして」
「新しいお話は無いの?」
と、凡そ5歳児だとは思えない記憶力を発揮して、やり直しを求めるのだ。お陰で最近は暇があれば友人から借りた本を読み、レパートリーを増やすのが日課となった。
「今日はね、女神様のお話をするね」
布団の中の息子がコクンと頷く。
「この世界にまだ人が生まれていない頃、世界を創造した女神、ベルナンディーは・・・」
世界創生の女神とその後の25人の神々の物語。子供には早いかと思ったが、思いのほか熱心に息子は私の話を聞き入っていた。
「・・・・と、ギルカタールの女神、シモンは・・・あら・・?」
話も終盤、ギルカタールの女神の話に移った頃、微かに聞こえる寝息に話を止める。夫譲りの黒曜石の色を持つ瞳は閉じられ、息子は既に夢の中へと旅立って居た。
「おやすみなさい」
息子の黒髪をかきあげ、額にキスをして子供部屋を後にした。
自室に戻ると夫は本を読んでいたが、私に気が付くと本を仕舞い立ち上がる。
「あいつはもう寝たか?」
「ええ、今日は神話を聞かせたの。貴方に似て賢しくて同じ話は通用しないから大変よ」
「俺に似てって・・・お前に似ても賢くなるだろ。まぁ、親の贔屓目無しに見ても、あいつは賢いと思うぞ。将来が楽しみだな」
「医者になるか、商人になるか、魔術師になるか、それとも他の職に就くのか、今から楽しみね」
「まぁな。・・・で、話はなんだけど、奥さん。子供もう1人2人作らないか?」
少し照れ臭そうに話す夫に私は承諾の意を込めて、キスをした。
(ライル編)
夫も私も本が好きなので、自然と家の中の至る所に本棚がある家になった。そんな家に生まれた我が子も、気がつけば本を読む物静かな子供へと成長していったのである。物静かと言っても、そこは夫と私の子なので、一癖も二癖もある息子なのだが。
息子が8歳になったある日の事である。子供には大きすぎる本を両手で持って駆け寄って来た息子は、
「父様、母様、教えて下さい」
と切り出して、わからない部分のあるページを開いた。
「このページのここに書いてある『ろりこん』って何ですか?」
ぴしっと私も夫も石化してしまった。
「何でも父様がこうなんだと、先日、ロベルトさんが言っていたんですけれど」
「ほー、ロベルトが、ね」
含み笑いをした夫は、少し考え込んだ後、息子の耳元で何やら教え始めた。その後、愛用の杖を持って立ち上がり、てきぱきと身支度を済ませて、私の頬にキスを落とすと
「外出してきます」
と言って、外に出て行ってしまった。何となく行き先がわかったので、特に何も言わずに見送る。隣で見送りをした息子に「何を教えられたの?」と尋ねたら、悔しそうに顔を歪ませ、
「僕もまだまだです」
と、言って自室に閉じ篭ってしまった。我が息子ながら、夫に似てしまった部分が多いのか、わからない所が多過ぎるけれど、いつも通りお茶の時間には出て来るだろうと思い、そっとして置く事にした。
数時間後
「我が息子ながら、私を嵌めに来るんですよ。で、貴方、本当に私の事、そう言って無いんでしょうね?」
「言える訳ねぇだろう!お前の息子に話したら良い様にされるに決まってる」
「まったく、子供は嫌いですが、彼女との子なら愛せると思ったのですが、・・・・あれは私に似過ぎですね」
「んー。もう1人作れば?嫁さん似の娘とか出来たら、お前、可愛がると思うけど」
「彼女に似た娘ですか、悪くない。しかし、嫁に出せそうにないですね」
「・・・・苦労しそうだな、お前の嫁さんと娘が」
そんな話がロベルトの自室でかわされている事を、知る由もなかった。