ギルカタールは砂漠が広がる乾燥地帯である。空気は乾燥していて、日中の日差しは厳しい。ヴェールを被ったり、お手入れをまめにしていてもそれでも髪は荒れるのである。

「何でこうなるのかしら・・・」

納得いかない顔で椅子に腰掛ける私。その後ろに居るのはカーティスだ。半刻前、相変わらず空気から溶け出したように、何の気配も感じさせずに(と、言っても魔術師の私には魔法感知を使えばわかるのだが)現れると、何故か私の机の上の魔法薬の瓶を手に取った。蓋を取り、匂いを嗅ぐ。中のクリームを指の腹で掬って、ペロリと舐める。

「んー、これは・・・・」

薬草や薬品の名前が次々に出て来る。中にはほんの少しだけ入れた薬品の名前まで出て来る。さすが趣味が毒薬収集と言う所なのだろうか。薬も飲み過ぎると毒になるので、薬剤師は毒に精通しているし、毒に通じた暗殺者も薬には詳しいのだろう。

「お見事」

調合した全ての薬品を当てたカーティスに私は拍手を送る。ギルカタールでごく少量しか扱われない薬品や魔法草まで当てる事が出来るのは、ギルカタール内でも多分この男と医者兼調達人のあの男くらいのものだろう。

「これ、何です?」
「え?わからない?」

混ぜられた薬品や薬草はわかっても、これが何の薬かまではわからなかったらしい。これは私が調合した薬なので流通していない上、カーティスには縁の遠い物なのでわからなくてもおかしくはないが。

「毒薬じゃないって事はわかります」
「そんなもの、私も髪に塗らないわよ」

日常的に毒薬を必要とした事もないし、毒薬をその辺に置く程慣れ親しんだ覚えも無い。しかし、背後の男の職業と趣味考えれば、彼にとっては日常品で慣れ親しむ物なのだろう。自宅に行ったら薬品棚か調理用スパイスの棚に普通に並んでいそうで怖い。

「これはトリートメント剤。痛んだ髪に塗る物よ」
「確かに僕には必要な物では無いのでわからないですね」
「少量手に取って髪に馴染ませるの」
「こうですか?」
「・・・・・・・・何で私の髪に塗るのよ」

先程と同じ様に指の腹でクリームを掬い上げると、私の髪を軽く摘むとそこに塗り始めた。魔法薬が髪に染み渡り、キラキラと光り始める。

「綺麗ですね」
「魔法薬が上手く効いてる時はこうやって光るの。効能チェックみたいなものね、光るのは」
「ふふふ・・・綺麗ですね」
「それはどうも。もう良いわよ」

後ろを見ようと首を回すが、途中で止められまた前を向き直される。背後からは楽しそうなカーティスの声。

「良いじゃないですか。折角ここまで塗ったのだから、僕が全部塗って差し上げますよ」
「楽しいの?」
「ええ。キラキラ光る貴方の髪を弄ぶのは楽しいです」
「弄ばないでよ。ちゃんと塗らないと痛んだ髪治らないんだから」
「ちゃんと塗りますよ。僕、こういうの扱うの上手いんです」
「得意なのは毒薬の扱いでしょ」
「同じようなものですよ」

そう言ってカーティスは髪を触り始めた。私の髪に指先を這わせる。見た目はサラサラしてるように見えるが、毛先の痛み具合が酷い。触っていてカーティスもそれがわかるのだろう。特に毛先を中心に薬を馴染ませる。

「楽しい?」
「ええ、とっても」
「じゃあ、自分の髪に塗ったら?」
「駄目ですよ。毒薬と混じったら危ないでしょ」

お前の髪には何が塗ってあるんだ。

「ここに色々と仕込みをしていまして」

指先で三つ編みされた自身の髪を指す。職業柄色々とあるのだろう。そう色々と。

「カーティス」
「何ですか?」
「私の髪に毒物を塗らないでね」

毒と密接に関わっている彼には耐性が充分あるだろうが、今の私には大した耐性は無い。

「ふふふ、貴方の綺麗な髪に毒ですか。塗ったら素敵ですね。ますます僕好みです。良い考えです。塗っちゃって良いですか?」
「駄目に決まってるでしょう」
「残念ですね」
「耐性が無い人間に無理言わないでよ」

カーティスの手の動きが止まる。どうやら髪全体に塗り終わったらしい。キラキラ光る魔法薬も徐々に輝きが消えて行く。立ち上がろうとすると、後ろから肩を押さえられ、再びまた椅子に座らされた。

「何?」
「まだ終わってないですよ」

カーティスは私の右側の髪を一房摘むと、せっせと編み始めた。慣れた手付きで髪が編まれて行く。途中、手を止めると何かを取り出すのが見えた。照明に光る一筋の線。

「ああ、貴方にはこれは必要ないですね」

うっかり刺したら大変です、と言ってカーティスは取り出した物をしまった。どうやらカーティスの三つ編みには確実に毒針は仕込まれているようだ。まだ仕込まれている物がありそうだが、敢えて見なかった事にする。

「完成です」

カーティスが鏡の前まで促す。

「僕と一緒ですよ」

いつもの私は腰まである髪を一纏めに結んでいるだけだが、今の私は髪を下ろして居てサイドに三つ編みが施されていた。

「似合いますよ」

カーティスが嬉しそうに笑う。彼とは違い、私の髪は長いので当然まったく一緒と言う訳ではない。言われなければお揃いとは気付かない髪形だが、カーティスが嬉しいのであればそれで良いかと思った。

「ありがとう、カーティス」

仕事の邪魔になるので髪を結んで居たけれど、しばらくはこの髪型で居ようかと私は思った。