と言う名の魔術師は、王宮勤めの魔術師である。職場も王宮、住まいも王宮内にあるので、王宮勤めの多くの使用人同様、人間関係が狭いと思われがちだが交友関係は多岐に渡る。王都内の各地で度々その姿を目撃されていたが、彼女が唯一近寄らない場所があった。
それは―――。


「何で俺の城に来ないんすか?」


目の前の女、に向かって拗ねた様に言い、服を引っ張ってみる。我ながらその行動は子供じみていると思うものの、自分の城に一切合切来ない彼女にはこれくらいしないと動かない。今までの経験でロベルト=クロムウェルは痛いくらい、その辺を理解していた。


「俺の事、避けてませんかぁ〜?」


酔いに任せてに絡んでみる。困った表情で自分を見る彼女の目を覗けば、その目に怒り、悲しみ、困惑、迷惑と言った負の感情は一切映っていない。その事にロベルトは内心安堵する。勿論、顔には出さないけれど。人の表情や感情を読み取る事、表情や感情を制御する事はこう見えても得意な方だ。荒事だって慣れている。けれど目の前の彼女の不興は買いたくない。嫌われたくないから、こうして酔った振りをして、相手の反応を窺いながら誘いを仕掛けるのだ。この後の彼女との時間が手に入るかどうか。見返りが大きい分、やる気も大きい。


「避けてませんよ」
「嘘だ」
「本当に避けてません」
「嘘だ」
「避けてませんって」


先程よりも一層困ったと言う表情で、ロベルトを見る。瞳に宿った光が大分弱くなっている。そろそろ根負けしてくれるかもしれない。彼女も自分と同じ他国出身だが、自分と同じくらいギルカタールに馴染んだ人であり、荒事にも慣れた所を持ち、時に冷酷な決断すら下す人間ではあるが、反面、親しい人には優しい人でもある。


今日の俺の我侭もきっと聞いてくれるだろう。そんな予感がロベルトにはあった。


一瞬、彼女の表情が揺らぐ。視線が自分以外のどこかへと移されるのがわかった。ロベルトの目が視線の先を追う。その先にいるのは、見慣れた男2人。助け舟でも求めているのだろうか。自分だけを見て欲しい。そんな子供じみた欲求を掻き消すよう、手にしたグラスの液体を胃に流し込んだ。熱い。目の前がほんの少し歪んで見えた。


「うー、俺だけ見ろって」


気がつけばロベルトはの顔に手を伸ばしていた。間近で見るその顔はいつ見ても美しいと思う。この国では珍しい白磁を思わせる白い頬。それがほんのりと赤くなる。その反応に嬉しさが込み上げ、ついつい構いたくなる。とりあえずその頬に触れてみようかと手を伸ばせば、背中に向けられた殺気の込められた視線。今まで感じた物とは桁違いの鋭さに、冷水を浴びせられた気分になり、我に返る。


と偶然酒場で会ったのが幸運ならば、その後にこの2人も酒場に来ていたのは不幸としか思えない。プラマイ0という所か。


「あー調子に乗りすぎた、かも」


伸ばした手を引っ込めて、そのまま頬を掻く。稀代の暗殺者と呼ばれるその男は、いつもと変わらない表情でロベルトを射殺さんとばかりに殺意を放って来た。がすぐ傍に居なければ、この程度で済む筈が無い。ナイフの数本は投げて来ただろう。全く厄介な奴と同じ相手を好きになったものだ。自分から顔を離し、カーティスに向かってがひらひらと手を振る。カーティスも同じように振り、殺気も放つのは止めたようだ。わかってはいたけれど、目の前のこの人は全くもって自分達の気持ちを察する気が無い。向けられる好意=友情あと思っている節がある。その事に溜息を吐いた数は数えるのも億劫なくらいある。それでも好きなのだから、諦められないのだから、こうして少しでも関係が進むように今日も今日とて彼女をあの手この手で口説き始める。いかさまの通じない男の勝負。負けを知らない男は惚れた女をその腕に抱けるか。それは数多くの腕利き達との勝負を勝ち抜いて来たロベルトにもまだわからない。




先の見えないラブゲーム




(スリルなんてこの際どうでも良いから、彼女が欲しい!)