いつもと同じ時間に目が覚めた。王宮の高貴な方々はまだ目覚めぬ、静かな時間。朝の準備を始めるメイド達も武器庫や鍛錬場のあるこの場所にはこの時間通らない。静けさに包まれた室内で、私は身支度を済ませて朝食を取ると、部屋と続きになっている魔法管理場の執務室に向かった。
魔法管理場は鍛錬場とほぼ同じ広さを持つ。特殊な鍵穴を持つ扉の向こうの準備室には、魔力測定器や魔法陣などに使われる道具が所狭しと並べられている。とは言っても、需要が低いので魔力測定器は簡易型の、魔法の発達した国から見れば玩具のような代物だが。その反面、前任者が結界を得意としていたようなので、結界の道具は生産中止になったレア物から最新型まで一式揃っていた。
準備室の隣は魔法管理室だ。中はマジックアイテムで埋め尽くされており、これらが全て作動すれば王都全てが吹き飛ぶ。それだけの威力があるので、1つ1つに厳重に封印を行い、更に厳重な魔法の掛けられた扉で閉じられている。王宮内はマジックアイテムの所持や持込が制限されているので、ここは厳重な――それこそ宝物庫より開けるのが難しく作られている。
管理室の隣は私の執務室だ。準備室、管理室、執務室、この3つの部屋の前の広々とした空間が、魔法訓練室に当たる。床には魔法陣が描かれており、大抵の魔法訓練はこの部屋で出来るようになっている。
訓練室を通って私は執務室に入った。机に座ればすぐに報告書を持った秘書官が現れる。臨時採用とは言え就任したのには代わりが無く、直属の部下が男女各1名ずつ付けられた。灰色の髪の男がアッシュ、紫色の髪の女がタリアである。私が他国出身と言う事もあり、半分は監視役のような存在だが、有能で分を弁えているので問題なく仕事は動いていた。
タリアから報告書を受け取ると、アッシュに別の報告書を渡す。指定した人物に届けるように命じると、私は報告書の中身に目を通した。
報告者 トータム=ベイル
昨日の夜、王都南関所で1人の男が入所手続きをする。
男の名前はエルク=ベルジュ。ボアトレの商人。
箱で5つ分の商品を確認。
中身は果実だと言うが、荷を持つと重かったので、中を確認。
箱の底が二重になっており、底を検分すると大きなマジックアイテムを確認。
商人エルク=ベルジュの身柄を拘束しようとした所、マジックアイテムで逃走される。
現在、行方不明のまま。
エルク=ベルジュが良く利用していた宿がスラム街の東側にある事が確認されている。
マジックアイテムは現在南関所で保管中。
エルク=ベルジュの特徴。
身長は170cm程、痩せ型。
額に5cm程度の古傷あり。
緑色の髪と瞳を持つ。
推定年齢40歳前後。
ボアトレの商人が好んで着る緑の外套を着用。
印章は3回婉曲した角を持つ羊。
報告書から顔を上げる。とりあえずはマジックアイテムを引き取りに行こう。タリアに留守を頼み、私は南関所に行く事にした。
南関所に着いた。関所に詰めていた兵士を1人捕まえ、上役を呼ぶ。すぐに上役は現れたが、じろじろと遠慮なく眺めた後、せせら笑った。余所者に懐疑的なギルカタールの性質を持つのだろう。就任して1ヶ月足らず、王宮勤めとは言え他国出身。しかも若い人間ともなれば格下だと踏んだのだろう。思うのは勝手だ。最もそれに甘んじるつもりは無いけれど。
杖ですぐ傍の机を軽く突く。盛大な爆発音と共に舞い上がる粉塵。机を塵へと変えた杖を上役に突き付ければ、真っ青な顔で言い訳を始める狭量な姿を晒した。
「塵に変えられたくなかったら、押収したマジックアイテムを早く持って来なさい」
上から見下すように、冷たく命じる。あまり好きではないが、この国では舐められたら話は先に進まないのだ。さすがに何度も同じ事を繰り返して来たので慣れて来た。
押収したマジックアイテムは、発見された時と同じ状態で運ばれて来た。赤色の大きな粘土。それが布で幾重にも包まれている。一見して、すぐに攻撃型だと見て取れたので、マジックアイテムを受け取ると一旦王宮へと引き返す事にした。
「あ、そうだ」
戻る際、机を塵に変えた事を思い出し、杖で塵を突付いてまた元に戻しておいた。