部屋に戻ると訪問者が居た。足が悪いのに、その立ち姿にまったくの隙が無い男。ライルだ。留守任せたタリアの姿はなかった。おそらくライルが人払いをしたのだろう。
「おはようございます、ライル殿」
「おはようございます、殿。南関所の報告書は読みました?」
「はい。今、南関所から戻って来た帰りです。・・・・随分と厄介な物を持ち込んでくれたようで」
目元を軽く引き攣らせ、手にした布を見せてみる。幾何額模様が描かれた布。魔法否定派ではあるが、魔法知識も豊富なライルもこれが何か気が付いたようだ。
「オーキッドの麻布ですか?」
「ご名答」
オーキッドと言うのはこの布に描かれた呪文を作った魔術師の名前だ。主に魔法を抑える作用を持つ呪文の名前でもある。
「これに火をつけたら、ここ一棟分、影も形も無く消滅させる事が可能です」
布の中の赤い粘土を指差す。
「やれやれ、ここで戦争でも始める気でしょうか?」
非常に嫌そうな声で、非常に楽しそうな表情でライルは尋ねた。私は軽く頷く。
「就任早々、事件とはついてないです。・・・・そちらで何か掴んでいる事は?」
目の前の男は鍛錬場に職場兼住まいを持ち、王位継承権第1位の王女の家庭教師をしている男である。本来ならば話を振るべき相手では無い。しかし、就任早々、『夜の謁見室』でテストを受けた身なので、ライルの『裏の仕事』は既に知っている。だからこそ出来る会話だ。仕事をこなす以上、裏の情報も必要不可欠なのだが、あまりに知り過ぎれば今の仕事を辞めるに辞めれない状況に追い込まれる。当初の計画を最初から踏み外してしまっている。後々の事を考えれば頭が痛くなりそうな状況だ。
「そうですね。『夜更け』に耳にしたのですが、ボアトレ経由でグルニアから来た人間が複数人ギルカタール北部にいるようですよ」
「随分、きな臭い話ですね。北部でグルニアと深いのは武器商人のあの男でしょうか?」
「断定は出来ません。今、洗っている最中です。逃げた男を捕らえてしまえば早いのですが・・・潜伏先が問題でして」
「潜伏先。ああ、スラム街の東側」
「あそこに暗殺者ギルドの巣窟があるんですよ。関わって来ると厄介なので、慎重にやっている分、時間が掛かりそうです」
「ぶつかると不味い?」
「不味いです。あそこに居るのは――」
ライルが不意に口を閉ざす。魔法感知を使えば、鍛錬場のドアまで後数歩という所まで王女が接近していた。
「迎えが来たようですね。・・・・では、失礼しますよ」
「ええ、報告をお待ち下さい」
ライルが心なし早足で鍛錬場に戻って行く。私も持ち帰ったマジックアイテムを再び布で包んだ後、更に強力な封印の魔法を掛けて管理室に仕舞うとタリアを呼び戻した。発見されたマジックアイテムの詳細を報告書に綴る。専門用語だけでは理解されないのでなるべくわかり易い言葉を選んで作成すると、タリアに提出を頼み、戻って来たアッシュに留守を頼んだ。情報屋が店を開くにはまだ早い。念には念を入れた方が良いだろう。王宮の結界を通常の倍に強化し、日が傾き出した頃に街へと下りた。