いつもより早い時間に目が覚めた。王妃の寛大な処置で徹夜せずには済み、良く眠れた。今日は朝から来客があるだろう。そんな気がしたので朝食を食べ、手早く着替えると執務室に向かった。

いつもより1刻程早い時間にも関わらず、有能なる秘書官達は既に来ていた。挨拶を交わし、席に着く。昨日王妃に報告した内容を報告書に纏めていると、予想通り来客があった。

予想とは異なった人物であったが。

「これはタイロン様。おはようございます」

恭しく南の御曹司殿に頭を下げる。礼儀作法が身に付いて無ければ何かと付け込まれる事が多い。その為、礼儀作法に関してはそれなりに自信があるのだが、そういった畏まった態度が好きでないようですぐに顔を上げるように命じられた。

タイロン=ベイル。南のまとめ役、トータム=ベイルの息子。現国王の親戚でもあり、次世代で国王として彼を押す声も多い。ギルカタールの気風をそのまま体現した性格で、彼を慕う者も多い。王宮魔術師就任の際、トータムの隣で威風堂々としている姿を目にしたものの、こうして会って話すのは初めてだ。てっきりトータムの部下が来ると思っていたので、少し意表を突かれてしまったが、それだけこの問題を重要視しているという事だろう。南関所で見つかったマジックアイテムの威力について現時点で知っているのはライルと王妃のみ。王妃経由で国王にはすぐに伝わっているが、おそらくこの問題は内々に調査する事になるので、南北のまとめ役でもそう掴める話では無い。大雑把な所はあるもののそれを補うだけの勘の鋭さを持つトータムは、聞かずとも問題の大きさを察知したのだろう。気を引き締め直すと大柄なタイロンを応接用のソファーに座らせ、話を向こうから切り出させた。


王妃の謁見で話した時と同じようにトータムの報告書から順に話を進める。昨日の王妃の態度が気になったので逃走者殺害の実行犯の名前や特徴は触れず、暗殺者のテリトリーに無断で入ったので殺されたと付け加えた。根が陽気なのか、タイロンはその話に『馬鹿だなー』と笑い飛ばす。これから遺体や遺留品の検分に入ると伝えると、立ち会うと言う返答。しばし答えに窮するものの下手に断る訳にもいかず、報告を待つより実際現場に居続けるタイプだと結論付けてタイロンを促して執務室を出た。







執務室を出れば、そこはもう訓練室だ。複数のモンスターと戦闘になっても問題が無い広い空間が広がっている。部屋の中央を杖で数回軽く叩けば、突いた先から空間が歪み始めた。何も無い石畳の床に赤く汚れた服装の男が現れる。喉の裂傷を見てタイロンが感心したように唸った。

「防御傷がまったくなく、一閃で急所をザックリだ。無駄が無い。手練の暗殺者の仕業だろうな」

その言葉に昨日の赤い髪の男を思い出したが、躊躇無く死体に触るタイロンにすぐに現実に引き戻された。

こういった機会はそれなりに多いのだろう。手付きが非常に慣れている。南関所で男に逃走されたのは管轄の南の責任だ。御曹司自ら動いて挽回を図るつもりなのだろう。本来ならば私達がすべき事だったが、ここは黙ってタイロンにやりたいようにやらせる事にした。


左手の指に印章付きの指輪。
髪は緑。
フード付きの外套も緑。
額に傷。
推定年齢40代。


年齢も身体特徴も全て一致した。間違いなくこの死体はエルク=ベルジュ本人の物だろう。私の言葉をタリアが紙に記す。アッシュはタイロンの傍で助手をしている。高貴な身分の人の手を必要以上に煩わせない為と言うよりも、検分を行うタイロン自身が死体に偽装工作をしたり証拠隠滅をさせない為である。タイロンを信じるに値するかと言う問い以前に、付け込まれない為だ。南を失墜させ、南北両方を手に入れようと画策するあの男に。就任する前も今も私を嘲る銀色の髪の狐顔の男を思い出し、思わず顔を顰めてしまった。

検分はタイロンに任せたものの、念には念を入れて魔法感知をする。ズボンのポケットに紙切れ、上着の隠しポケットに棒、靴の踵にも隠しスペースを見つけたが、こういった作業が得意なのか、タイロンはあっさりとそれらを見つけてしまった。

しかし・・・・・。

「これ、なんだ?」

鋭い勘を持つ彼はあっさりとエルク=ベルジュの所持品を見つけ出したが、それから情報を引き出す作業はどうやら不得手のようた。黙っていても話が進まない。死体をまた異空間に隠し、所持品を持って執務室に移動した。







アッシュが応接テーブルに所持品を並べる。1つ1つ手に取り確認した後、最もタイロンが欲しがっている情報から話す事にした。

「逃げられた方が良かったようですね」

逃げられた責任問題を追及されかねないタイロンは、爛々と目を輝かせて顔を近付けて来た。今から密談するような姿だ。非常にわかりやすい態度はギルカタールの権力者としては欠点でもあるが、王宮の狐と狸ばかり相手にしている私には好感が持てた。得た情報を惜しますタイロンに与える。

「この棒は暗号に良く使われる物と同じです。ほら、ここに文字が彫ってあるでしょう。ここから下に暗号の紙を巻いて行くんです。全て巻いて文字を追えば暗号を解読出来る仕組みなのですが、問題はこの部分。ここをこうすると・・・・」

先端を折るように曲げる。すると最初から折れるように作られていた棒は、パキンと音を立てて折れた。中は空洞で、白い物が覗いている。引っ張り出せば暗号らしき文字の羅列が綴られた細い髪が1枚入っていた。

「この類の暗号の紙は、どこかに持ち込む際、別々に持ち込むのが普通です。万が一、見つかったとしても片方しか無ければ役目を果たしませんから。それが揃っているという事は関所から逃走して潜伏先で殺されるまでの約1日の間に、協力者と接触したのでしょう。暗号が手に入ったのは幸運でした。これで向こうの動きが少なからずわかるでしょう」

紙を棒に巻きつける。意味を成さない文字の羅列が巻く事で変則的に区切られる。

「この王都のどこかに何かを企む賊が居るのは間違い無いでしょう。早い段階で潰せる事を考えたら、運び屋の1人わざと泳がせたくらい何ら問題ありません」

手品の種を晒すように、紙の暗号をタイロンに見せる。そこには新たな陰謀を示す単語が3つ並んでいた。