急いで報告書を書き上げ、タイロンに渡す。南の事を考えると、今回の一件はタイロンが国王に報告した方が良いと踏んだからだ。本来なら報告するタイロンの傍らに私が控えなければならないのだが、暗号から現れた3つの単語を更に解読する為、アッシュにその任を任せた。運ばれたマジックアイテムの威力、暗号の単語から察するに、悠長にしている暇は無い。報告を聞いた国王も重臣もあれこれ喧しくは言わないだろう。そもそも『臨時』の身なので私自身はいつ辞めても良い身だ。国家転覆を企む一団の存在が見え隠れする今、王宮の魔法防御の要が抜けられる方が困るのだ。困るのは私ではなく、国王なのである。それが今の私の強みとも言えよう。


報告書を手渡す時、タイロンは「1つ借りが出来た」と笑い、「何かまたわからない事があったら聞きに来る」と言ってアッシュを従えて部屋を出て行った。どうやら私は信用に足る人物だと評価されたらしい。就任以来、邪魔者扱いされる事が多かったので、タイロンの言葉が嬉しかった。







鍛錬場の扉を開く。中に居るのは王女とその家庭教師。王女が宝箱の開錠が必死で行っていて、こちらには気がついていないのか気を回す余裕が無いのかはわからない。王女の傍らに居たライルが私に気付き、傍に来る。

「こんにちは、ライル殿」
「こんにちは、殿。今日は何の用でしょう?今は勉強時間なので時間はあまりありませんが」
「手は煩わせません。これをちょっと調べたいだけです」

手にした暗号を見せる。その危険極まりない単語の数々に、流石のライルも眉を顰めた。

「・・・・・・・なるほど。私の蔵書がお役に立てるようですね。どうぞお使い下さい」

何冊かピックアップして貰い、紙に書いて貰う。それを受け取ると、私は奥に進んだ。


壁と言う壁が全て本で埋め尽くされていると言って良い空間。それがライルの自室だ。ご丁寧にも本の置き場所も書いてくれたので、メモを片手に本を探す。お目当ての本が全て見つかったので、机に本を一列に並べる。杖を本に振るう。本はパラパラと自動的に捲られ、文字が躍り出す。魔法が便利だと実感するのは、この一時かもしれない。

「帽子屋について」

私が問うと、数冊の本が物凄い速さで捲られて、やがてあるページで見開きの状態で止まる。必要な情報を素早く探せるこの検索の魔法は、私のお気に入りの魔法の1つだ。見開きになったページ1つ1つチェックする。頭にそれらを叩き込み、また別の単語で検索する。本来ならばかなりの時間を要する作業だが、魔法のお陰で短縮されているのだ。こればかりは魔法否定派のライルも認める便利さの1つだ。認めても使いはしないだろうけれど。ライルの場合、速読と言いつつ、速読の域を超えた速さで読み進める技能があるのだから、魔法を習うより速読した方が速い事も挙げられる。魔法が無くてもやっていけるのだ。私には今更魔法無しは無理だけれど。


用を終え、本を1冊1冊指定の所に戻す。この部屋の主は几帳面な性格で、1冊1冊場所が決まっているのだ。間違った日には何を言われるかわかったものじゃない。間違いなく所定の位置に戻したのを確認すると、部屋を後にした。

「おや、早かったですね」

ライルが居た。王女は相変わらず宝箱に集中している。邪魔しないよう、ライルに習い小声で話す。

「お陰様で少しずつ見えてきました」
「そうですか。・・・・・やはり彼の国が関わって来ましたか」

ライルの問いに頷いて見せる。


彼の国、グルニア。戦いと侵略の女神を持つ軍事大国。数々の国を侵略する事で発展して来た国は、留まる事を知らないまま戦いを続けている。女神自体、安定を望んでいない事も影響しているのだろうけれど。

「随分、回りくどい遣り口ですね」
「正面からは避けたいんでしょう」

侵略の国がグルニアならば、ギルカタールは企みの国だ。軍隊を多数抱えるのがグルニアならば、質の良い暗殺者が居るのがギルカタールである。ギルカタールの暗殺者は腕が良ければ良い程、抱えるのが難しく、あくまで『居る』としか表現出来ないが。

「腕が良い者を1人頼めば済む問題ですけど・・・・・やはり舐められているのでしょうか?」
「さあ?」

腕の良い暗殺者を1人雇い、軍の指揮官の首を刎ねるだけで局面は変わって来るのだ。その分、ギルカタールに分がある。ある筈なのに、水面下で進められている国家転覆すら可能な陰謀。その事に私は1つの結論を出した。

「ライル殿。王宮内の『大掃除』をお願いするよう、『掃除婦長』にお願いできますか?」
「ええ、最近、私も歩く度に『庭の手入れ』が気になっていたんです。『庭師』にも伝えておきますね。それから・・・」

王女がいる手前、隠語を使いそれぞれ意図する事を伝える。私達の会話が気になっていたようで、最初は適当に鍵を開ける振りをしながら聞いていた王女だったが、最後の方は手を止めて完全に盗み聞きモードに入っていた。それに気がつかない振りをして、話を続ける。

「もし今日外出する暇がありましたら、この本を私の友人に届けて貰えませんか?私もあいつもあまり外出しない性分で、一向に片付かないものですから」
「今日、ちょうど外出する用事があるので良いですよ」

本を受け取る。黒のカバーに金色のタイトル。それを小脇に抱えると、鍛錬場を出た。


扉を閉めるほんの一瞬、再び王女の教育に戻ったライルの顔が優しく見えたような気がした。






執務室に戻る。アッシュは既に戻っていた。タイロンは国王に報告を終えると、国王自らエルク=ベイジュと繋がりのある商人を洗い出すよう命じられたらしい。逃走直後から南でその作業は行われていたので、確認する意味での命令ではあったのだが。

「マスター」
「何?」
「カーティス=ナイルとやりあったと言う話は本当ですか?」
「・・・・・・・・・・・どこで聞いたの?それ?」

王妃の機嫌の良さや反応から見て、王妃も一目置く存在と不本意ながら遣り合ってしまったようで、タイロンに報告する際も言わなかったし、先程会ったライルにすら言わなかったのに。

「国王陛下が仰っていました。・・・・凄いです、マスター」

子供のヒーローに対する憧れの眼差し。それを今アッシュがしている事に、眩暈を覚えそうだった。冷静沈着でいて、仕事は有能な冷たい面差しの青年。それがアッシュだ。アッシュなのだ。間違ってもこんな憧れの眼差しで私は見るキャラではなかった筈。今まで監視する無機質な眼差しで見られた事しか無かったので、そのギャップに精神的に参りそうになる。助けるようにタリアを見れば、タリアも無関心を装いつつも頬が無視できないくらいには赤かった。

「国王陛下が大層お褒めになっていました。タイロン様も非常に驚いていて・・・他の重臣の方々も・・・」

興奮しながらアッシュが話す。てか、お前誰?と言うくらいの興奮状態だ。常が低いだけなので、そう思えるだけかもしれないが。


ほどほどに仕事をして、ほどほどに給料を貰って、ほどよい時期に仕事を辞める。低からず高からずの評価。人々の記憶に残りにくい存在。それを狙って居た筈なのに、どこでどう間違えたのやら。カーティス=ナイルなる、あの赤い髪の青年の顔を思い出し、脳裏に浮かんだその顔に恨み言をぶつける。アッシュが語るカーティス=ナイル☆メモリアルを聞きながら、何が何でも次会う事は避けようと心に誓うのだった。






ローブを脱ぎ、王宮仕えの者が良く着る女官服に着替える。別に街中に魔術師姿の人間が居ない訳ではないが、今は目立たない格好の方が都合が良かった。私は今、あの稀代の暗殺者から無傷で帰って来た者として、ある者には畏怖され、ある者は邪推し、またある者には尊敬されて、と好まなくとも注目されてしまっている状態らしい。ただでさえ、今手掛けている仕事はあまり表に出せる物ではなかったので、注目は避けたいのだ。


服装を変えただけで効果はあった。以前の魔術師の服は派手ではないが、印象に残りやすいものだったので、街を歩けば知り合いに声を掛けられるのも多々あった。それが皆無に等しい。ナンパして来る男が代わりに増えたけれど。


それに思わぬ効果もあった。街の人々の流れに、不釣合いな人間。服装はギルカタール風だが、歩く姿はきびきびしたもの。愛用する細身の刀も、腰に差す時の結び目も。全てがグルニアを連想させる物である。商人達が余所者を見る目で男を眺める。慌てない所を見ると、頻繁にこういった男達が王都にやって来てる事が窺えた。魔術師の姿もギルカタールでは異彩を放っているので、商人達にじろじろと見られるのが常だ。あの格好ではわからなかったのかもしれない。そう考えた。







悪の温床とも言われるギルカタールは快楽主義の国だ。他国に比べると、あまり良いイメージが無い娯楽が充実している国でもある。カジノはどの国よりも数が多いが、今日来たのはその中の一角、王都の東側。ライルの親友、カジノの天才、ロベルト=クロムウェルの住居のあるカジノ。今、王都で一番人気のある場所である。


カジノの中に入る。中は煌びやかだ。ゴールドで統一した店内。シャンデリアを始め、インテリアライトの配置が上手いお陰で、落ち着いた高級志向の作りになっている。街中で目立たなかった服も、ここに来ると浮いてしまう。案の定、スタッフの1人がやって来た。

「お客様、どういったご用件でしょうか?」

格好から察して、王宮の使いだと思ったのだろう。凡そ間違いではないが、正解ではない。それを指摘する時間が面倒だったので、ライルから渡された本を渡す。

「オーナーのご友人から預かりました。取り次いで頂けますか?」

過去にも同じ事があったのだろう。何事も無く取り次いで貰い、スタッフの案内で奥に通された。


奥は関係者以外立入が禁じられた区域のようだ。扉が幾重にも連なる。何回目かの扉を潜ると、案内されたスタッフはここまでしか通れないようで、待ち構えていた年配の男が代わって案内をする。潜る扉の枚数が、ここまで伸し上がるまでに潜った修羅場の数に思えた。


やがて1つの扉の前まで案内された。年配の男が扉を叩き、取り次いで貰ったので、そのまま中に入る。部屋の中に置かれたアンティーク。全てカジノ絡みの品と言う辺り、徹底してるとも言えよう。中に1人、ギャンブラースタイルの男。まだ若い。手にはライルの本が収まっていた。

「初めまして、お嬢さん。俺はロベルト=クロムウェルって言うしがいないギャンブラーだが、あんたは?」

ライルの使いをするだけあって、ただの女ではないと言う事は了承済みなのであろう。良く見る値踏みする眼差しではなく、好奇心旺盛で楽しげな瞳が私を見つめる。

「初めまして、ロベルト殿。私は。王宮の魔術師をしている者です」

王宮の女官服のまま礼を取る。何故だか当のロベルトはぽかーんとした顔で、しばらく無言のまま、まじまじと私を見つめた。

「・・・・嘘だろ」

何が?







「あんたが噂の魔術師さんか、想像してたより若いし美人だな」
「それはどうも。貴方もカジノをいくつも取り仕切る人間と聞いていましたが、随分お若いですね」
「カジノを取り仕切る人間の中ではまだ若造だからな」
「いえ、ライルの友人にしては若いと思ったのです。ほら、あの人、ああ見えて結構年いってますから。・・・・あれ?もしかしてロベルト殿も?」
「だ、誰が若作りだ!俺はまだ26だ!」
「それは失礼しました。ライルはあの通り足手まといになる人間が嫌いみたいなので、ライルと対等関係を築いて長く旅を続けた相手となると同年代の人でなければ勤まらないかと思いまして」
「んー、まぁ、あいつと組んで他国渡り歩いたのって確かに俺だけだな。他は短期で切られたみたいだし」

昔を懐かしむようにロベルトが呟く。一言余計だったが、どうやら機嫌は損ねずに済んだようだ。

「ライルから本を受け取った訳だけど、俺からあんた何の情報が欲しいんだ?」
「あれ?本のしおりに書いてませんでした?」
「書いてあったには、書いてあったけれど、・・・・マジか?あれ、冗談だと思ったぜ」
「あのライルが冗談を言う筈がないでしょう。書いてある通りです。Wonderful Wonder Worldについて教えて下さい」


Wonderful Wonder World。この世界に伝わる御伽噺。国によって多少脚色が施されている話だが、大筋の話はアリスと言う名の少女が異世界に迷い込んでしまう話だ。南関所で見つかったマジックアイテムから始まった陰謀の影を追う私には、どうしてもこの話を知る必要があった。何故ならば、暗号解読の末にわかった単語全てが、この物語で登場する単語であるのだから。隠喩であり隠語でもあると言えよう。見る人が見なければ、知っている人が聞かなければわからない作りになっているのだ。先程の私とライルのやり取りが良い例だ。掃除婦長に大掃除を頼むと言えば、『表』しか知らない王女は宮殿内の清掃に力を入れろと話している様に取るだろう。しかし、実際は『裏』で王宮内の人事の職に就く掃除婦長に『大掃除』を頼むと言う事は、王宮内で今回の件に関与している人物を洗い出せと言う命令になるのだ。ライルの庭師に庭の手入れも同じ。『裏』で王都の外側の偵察隊を統率する『庭師』に『手入れ』を頼む事は、『偵察者』の入手した情報の見直しを示しているのだ。

「良いけど、あの話は国によって中身が違ってるぜ。どの国の話が欲しいんだ?」
「ボアトレ、ギルカタール、グルニアを聞かせてくれませんか?」

今回、この一件に関わっていると思われる人間の大まかな出身はこの3つだ。とりあえずこの3つを先に押さえておこうかと思う。ライルの友人とは言え、この男もギルカタールで立身した男の1人。あれこれとピンポイントで尋ねてこちらから情報を漏らすより、話の詳細を深く聞いた方が良いだろう。そう判断し、まずは3国のWonderful Wonder Worldの話から聞く事にした。







3国分のWonderful Wonder Worldについて、必要な情報は充分得たと思う。部屋の片面、壁の変わりに窓がいくつもの枠で区切られてあった。その窓から見える月の高さから、時間の経過を知り、そろそろお暇しようと席を立つ。

「有意義なお話ありがとうございました。とてもためになりました」
「そうかい、そりゃあ良かった」
「もう夜も更けて来たので、この辺で失礼しますね」
「あっと、帰る前に情報料貰いたいんだけど」
「・・・・・情報料ですか?」
「そう、情報料。俺と酒場に行って楽しく酒を飲む事。これが情報料かな」
「・・・・酒ですか?」
「何、大した意味はないさ。就任して1ヶ月足らずでライルと同等にやれているあんたが気になった。それだけさ」

ニヤリと目の前の男が笑う。食えない男だ。さすが、ライルの友人と言うべきか。今日ここまで来た時に使った取次ぎだけで、ライルの中の私の評価を見抜いてしまったようだ。やりにくい。ほんの少しのやり取りから、読み取るだけ情報を読み取れる技能を持つ男。おそらく酒場での会話だけでこちらの事をかなり読み取るに違いない。さて、どうしますか。

「そんな顔するなって、別にただ飲むだけだろ?・・・・・・それにあんたにもメリットはある。グルニア訛りの男が、最近ボアトレの商人と良く来てるんだ」

密談するように、耳元でロベルトが囁く。何故、その事を知っているのだ。グルニアが関わっている事は、今日得た暗号の内容で確信が持てたのに。

驚愕の余り、顔を上げ、ロベルトを見る。・・・・が、すぐに失敗したと思った。

ロベルトのその時の顔と来たら、悪戯が成功した時の子供のように、誇らしさとかしてやったりした顔とか、何と言うか一言で纏めるなら、やられた側から見て非常に腹が立つ表情で、こちらを見ていたのだ。己の未熟さに呆れてしまう。

「かわいい〜。あんた、こういう顔も出来るんだな」

何が気に入ったのか、腰を引き寄せられ、そのまま抱きつかれる。そのままぎゅーぎゅーと抱き締められ、可愛いと言われては髪を撫でられる始末。怒りのせいか羞恥のせいか、それとも両方か、顔が赤くなり、抵抗するが・・・。

「いい加減、離しなさい!」
「怒った顔もかわいい〜。抵抗する姿も良いし、着てる服装も良い。これぞ、男の浪漫だよな〜」

と、非常に良くわからない反応をされた。


これ、本当にロベルト=クロムウェルだよね?ギルカタール屈指の実力者。ギャンブルの天才、冷酷無比で有名なあのロベルトだよね?

ライルが居たら改めて聞き直したい所だ。