ロベルトと酒場にやって来た。
酒場は人で賑わっていた。酒も食事も美味いと評判の店なので、他国から来た行商人等も良く訪れる場所だ。昼間と違い、夜は街の相場からするとやや高い値段設定なので、客層もある程度制限される上、王宮関係者が飲みに来る店なので、他では起こる騒ぎも殆ど無く、落ち着いて飲めると評判の店だ。元・王宮関係者が経営しているらしく、スタッフも元関係者が多いらしい。噂ではお忍びで国王も飲みに来るそうだ。
ロベルトにエスコートされ、2階の奥のテーブルに座る。酒場の殆どが見渡せる場所だ。今日、この時間はまだ客の入りは疎らで、2階には殆ど人が居ない。恋人同士と思われる男女が数人居るが、自分達の世界に入っているようだ。酒場の中を観察するには良い場所である。
「良い場所ね。貴方も居るから目立たずに済みそう。ありがとう」
「どういたしまして」
女1人酒場の2階を陣取って飲んでいたら、目立つし寂しいにも程がある。見ていてとても痛々しい光景だろう。しかし、男連れなら自然に居る事が出来る。そういう意味では、今日、ロベルトに誘って貰って正解だったのかもしれない。しかし、女官服と言う装いのまま、万が一、王宮勤めの知った顔と会うとややこしくなるので、酒場に向かう途中、銀色の留め金と水色のヴェールを買って、被る事にした。ヴェールを被り、髪の右サイドで留め金を使って留める。それなりに身分のある女性の装い方だが、そもそも王宮勤めの女官は腕が立つか下働きの人間以外、結婚するまでの花嫁修業の一環でやっている有力者の娘も多いのだ。私がやっても目立つ事はないだろう。
「その留め方って確か右と左で意味が違うんだろ?」
「良く知ってますね」
「本に載ってたからな」
右で留めると未婚でお相手募集を意味し、左で留めれば既婚か婚約済みを意味する。ギルカタール国内に限らず、ヴェールを好んで愛用する国で上級階級の人間ならば誰もが知っている事だ。
「何で右に付けるかなぁ」
テーブルを挟んで正面に座るロベルトが、憂鬱気味にそう漏らす。ちなみにヴェールと留め金を買ってくれたのもこの男だ。情報を仕入れる為に変装すると言う名目があるので、経費から落ちるので良いと何度も断ったのだが、あれこれ理屈を並べられ、挙句、「俺からのプレゼントって事で良いですよね?」と笑っていない笑顔を向けられてロベルトの言葉に甘える事にしたのだが、購入した店内の鏡を借りてヴェールを付けてから、彼の機嫌は悪い。
「左につけたら私は既婚者か婚約者持ちに見られますよ?」
「・・・・・・・・」
「ギルカタール屈指の有力者の貴方が周囲から人妻や人様の婚約者に手を出す軟派な人だと思われたらどうするんですか?」
「えっ?!あ・・・それは・・・」
ロベルトが言葉を濁す。王宮の使いとしてやって来たように装った私を連れ、酒場に向かう姿を彼の部下であるディーラー達に見られているのだ。ロベルトの部屋まで案内してくれた年配の男はここの副支配人らしく、気心がそれなりに知れた関係のようで、「あ、ロベルト様、ナンパおめでとうございます」とあくまで真面目な様子でさらりと言い、それに対して顔を赤くして反論してるロベルトの姿まで見たのはつい先程の事。ロベルトは唸り声を上げながら、私の手を引いてカジノから出てしまったので、あの後どうなったのかわからないが、きっとディーラー達の話の種になっているだろう。からかわれた時の反応から見て、ロベルト=クロムウェルと言う男はあまり色恋沙汰に慣れているようには思えなかった。
案の定、ロベルトは私の言葉に乗せられた。軟派だと思われるのは、彼の中では出来るだけ避けたい事柄の1つのようだ。
「まぁ、確かに軟派だと思われるのは嫌だけど。でも・・・・あんた、自分に向けられてる視線の数々わかってる?」
「ええ、随分と多いみたいね」
酒場の殆どが見渡せる場所と言うのは、反面、酒場のどこからでも見る事が出来る場所でもある。あからさまに怪しいと思う人間を観察していれば、すぐに周囲の誰かに気付かれるだろう。最もそんなヘマをするほど、技巧も魔法も落ちた覚えは無いので無用の心配ではあるが。
「硬派で知られるロベルト=クロムウェルが女連れなのが珍しいのね、皆」
硬派と言う言葉に、ロベルトの顔がぱっと明るくなる。余程ディーラー達に邪推されたのが堪えたのだろう。しかし、すぐにロベルトは表情をまた元に戻す。
「確かに俺が酒場で女連れって事無いけど。大抵1人で飲みに来て、そこで大抵顔見知りの奴に会って一緒に飲むってパターン。・・・・ね、硬派でしょ?」
硬派と言うより、男として大丈夫かと問いたい気分で一杯になった。ロベルトも26歳と私より大人である事は確かだ。確かなのだけど、酒場で女で飲む行為はその年では当たり前な事である筈で。女を多く侍らせる事が男としてのステータスだと思う男も多い訳で。実際、この場所から1階を見下ろすと、数人の商人らしい男達に倍以上の数の女達が甘えるように身を預けて酒を飲んでいる。
「ああ言うのには興味ないんですか?」
「ん?・・・ああ、ああ言うのは趣味じゃない。意味も無く女侍らせるより、カードに興じてる方が余程楽しいし有意義だ」
私の視線の先を追って、男達の一団を一瞥した後、興味なさそうにロベルトは言う。その表情や言葉に男達を馬鹿にする色は見えない。本当に興味が無いのだ。ロベルトには。
「硬派かどうかわかりませんが、格好良いかと思いますよ。人に左右されずに自分の好きな事をただ只管興じられるのは」
思ったまま口にした。しばしの間。その後に弾けるような笑顔で私の手を握るロベルト。何に感動したのがものっそ良い笑顔で握った手をぶんぶんと振る。
「あんた、良い人だ!ああ、もう今日はじゃんじゃん飲もう!な、な。あ、そこのボーイさん、ビア2つ〜」
上機嫌で注文を始める。すでにロベルトの頭には情報収集の件がすっぽり抜けているのではないかと言う風体だ。
(今日は諦めよう)
傍を通り掛ったボーイにカクテルを頼む。気が付けばロベルトに振り回されている気がする。今日は酒が飲みたい気分だった。
扉を潜り外へ出る。ひんやりとした外の空気が酒で火照った体には心地良かった。砂漠の乾燥した空気が凪ぐ。気持ち良さに目を細めると、背中に何かが掛けられた。
「風邪ひいちゃいます」
掛けられたのはロベルトの上着だった。返そうと思うも、数時間前のヴェールの支払いの時を思い出して、遠慮なく着る。そんな私に満足そうに微笑むロベルトは、帰り道もエスコートする気なのか手を取ろうとすると。
私もロベルトも同時に察知し、地を蹴ってそれぞれ左右に飛ぶ。着地と同時に第2撃が繰り出されるが、それも避ける。1撃目のナイフはレンガの床に刺さっていた。
「ロベルト、自衛くらい出来ますよね?てか、自衛して下さい!」
「あんた、俺を誰だと思ってるんだ。それくらい出来るって!」
私は女官服のスカートの裾から、ロベルトは腰から隠し持ったダガーを抜く。
今日は月が綺麗だ。お陰でダガーの刃に薄明るく光が反射しているし、建物の影から現れた男の顔もはっきり見える。昨日見た顔。三つ編みの赤い髪が月に良く映える。鳶色の瞳は相変わらず児戯を楽しむ子供の瞳のままだが。
「カーティス=ナイルか。・・・・・・あんた、何の用だよ」
ロベルトがぎらりと睨む。ギルカタールの男でも肝が冷えるロベルトの声音の低さを物ともせず、カーティスはクスクスと笑う。
「貴方に用がありません。私はそちらの女性に用があるのです」
唖然とした表情でロベルトは私を見る。就任一ヶ月の臨時王宮魔術師とギルカタール有数のカジノを所有する男。どちらが人の恨みを買っているかと尋ねたら、後者だ。ロベルトも人の恨みをどれだけ買っているか自覚はあるのだろう。ライルの話によると、己のスリルの為だけに敢えて人を陥れる事もあるらしい。だからこそ、この赤髪の男が私を狙って来たのが意外過ぎたのだろう。
「こんばんわ、昨日の夜は楽しかったですよね。・・・・・=」
(やはり調べられたか。)
わかっていながらも私まで辿り着かない事を願っていた。しかし、あの王妃が一目置く相手ならば、王都はおろか国内にそれなりの情報網を持っているのだろう。加えて私はあの時にこの男の前で2回魔法を使っている。魔法の需要の無い国でそれなり腕前の魔術師の女となると限られる。
「私は会いたくなかったのですが、貴方は違うようですね」
「ええ、昨日の続きがしたくて部下を総動員して貴方を探しちゃいました」
「随分、熱心に探してくれたんですね」
「ええ、僕から逃げた人って今まで居なかったもので。こういう経験が無かったから慣れないもので、丸一日掛かっちゃいましたよ」
「そのまま見つからなかった方が良かったのに」
「ご冗談を。僕のナイフをあそこまで鮮やかに避ける人なんて初めて会いました。放って置く訳がないでしょう?・・・・そんな面白い人」
「・・・・・・是非とも放って置いて欲しかったわ」
呆れて溜息しか出て来ない。隣でロベルトも同意するように頷く。
「暑いのを我慢して日中から探していたのに、まさかそんな格好で居るとは思いませんでしたよ。・・・でも、似合いますね。その格好」
「それはどうも」
単なる変装のつもりだったが、カーティスの捜査の目をかなり潜り抜けていたようだ。
「しかも、まさかそんな格好でデートとは」
「・・・・・・・・・デート?」
「否定しなくて良いからな」
横からクレームが入ったので、それ以上は何も言わない事にした。その光景にカーティスが笑う。
「まぁ、お喋りはこの辺で良いですよね?」
纏う空気が変わる。夜の砂漠の冷たさより冷たい殺意。
「ロベルト」
「ん?」
「その他大勢任せて良いですか?」
カーティスに視線を向けたまま、傍のロベルトに言う。彼がどんな顔をしているか見る事は叶わないが、ロベルトは非常に好戦的な声で応じる。その言葉を合図に私はカーティスに向かって跳躍した。
ギルカタール内で喧嘩は日常茶飯事、流血沙汰も珍しくも無い。今夜、酒場から大通りを通って家に帰る者、王宮の仕事を終えて帰宅する者、様々な人間がこの大通りを通る際、武器を取り出し乱闘してる一団が居ても、「ああ、また、喧嘩か」と思っても仕方の無い事である。通行の邪魔なので最初は野次が飛んでいたが、今は何も言えずに遠くから乱闘を観戦するか、巻き込まれないように足早と帰るか、通り掛った者達の行動は2つに分かれていた。大半は観戦に回っていたが。
命は惜しいが、魅せられてしまったのだ。ギルカタール屈指の有力者にして実力者が2人戦っているのだ。大陸一番の腕を誇る暗殺者ギルドの長、カーティス=ナイル。余所者ながらギャンブルの天才にして、数多くのカジノを有するオーナー、ロベルト=クロムウェル。その2人が戦っている。相手は互いでは無いが。
カーティスの相手は正体不明である。ヴェールで顔の半分を隠しており、衣装は王宮の女官の物。女と思える服装とシルエットを持つ相手だが、そのスピードは半端ではない。観客と化した通行人の目でやっと追えるスピードだ。恐ろしい事にカーティスも同等のスピードで、2人の剣戟の激しさが実力の拮抗を物語っていた。
一方のロベルトの相手は複数だ。闇と同化しそうな色合いの服装、使い込まれた細身の武器、身のこなし。相手が暗殺者である事は明白で、腕も良い。カーティスの部下と思われる一団だが、ロベルトの方が優勢であった。攻撃を避け、いなし、払い、かわし、武器を弾き、自分に伸びて来た相手の腕や足を斬る。一度に複数を相手にしても、無駄が一切無い。やがて1人減り2人減り、徐々に人数を減らして行った。
「あの赤い髪の男が伝説の暗殺者か?!」
「あの異国の衣装、あいつがロベルト=クロムウェルか?!」
「あの女は誰だ?王宮の女であんな強い奴がいたのか?!」
大通りに人が集まった事や観戦し出した事、口々に疑問を口にし出した事に気を取られる訳が無く、ただ只管楽しい表情で私と殺り合う男だけに全神経を集中していた。
予想以上に強い。いくら魔法に優れた者でも、一定の魔法詠唱が必要である。例え、他の者から見て瞬きしてる間の短さでも。その時間さえ与えずに連撃して来るこの赤髪の男が鬱陶しい。彼と会った事がもしかしたら不幸の始まりにすら思えるくらいだ。
カーティスの構えたナイフが襲い掛かる。ダガーで受け止め、迫合いになる。顔が近い。視界に一瞬捉えたカーティスの表情は喜びと真剣味に溢れていた。
カーティスのナイフを持つ力が一瞬緩む。慌ててバックステップを踏む。左手でナイフを取り出したカーティスがそれを投げ、私はそれを避ける。避けた先に利き手に持ったナイフが振り翳される。ダガーで受け止め、こちらが魔法を放つとその前に後ろに下がり距離を置く。一進一退の攻防。決定打はおろか、お互いの攻撃を一度たりとも食らう事が無く、先の見えない戦いだ。どちらかが果てるまで続くのだろうか。そんな戦いはごめんだと思うものの、避けられない戦いにダガーを振るう。
お互いを誘い込む為の隙を意図的に作っても、それ以外は一切作らずにいたのだが、それは好まざる闖入者によって出来てしまった。私もカーティスも常人からすると物凄い速さで動いている。常人がこの中に入ったら、動きについて行けずにたたらを踏むだろう。この闖入者もその類の人間だったのかもしれない。観戦に夢中になり、目で追っている内に平衡感覚が麻痺したのだろうか。巻き添えを避ける為に遠巻きに見ていた群集の一団。そこから酒に酔ったような危うげな足取りでフラフラと1人、まだ少年と呼べる年の男が飛び出して来た。もしもカーティスの目前に現れたなら、邪魔だと切り捨てられるか、もしくは私に付け入る隙を与えずに蹴り上げて隅に転がしていたかもしれない。少年が飛び出し、倒れた先は私が避けようと移動したポイント。そこにナイフが迫って来て、私は避ける事も叶わず、ダガーを捨て、後ろ向きの状態でナイフを両手で取る羽目になった。
何が起こったのかすら少年にはわからないのだろう。ナイフを投げ捨て、即座に群集の中に魔法で強制転送する。目の前の少年は音も無くふっと消えたのだが、次の瞬間、嫌な音と共に私の肩に激しい炎のような熱が当てられた。
「ぐっ・・・」
だらりと力無く己の腕が垂れ下がるのがわかる。見事な腕だ。一瞬にして間接を外すとは。背後の男の優秀さが憎らしい。
「・・・・愚か者の命など放って置けば良いのに」
「生憎とまだギルカタールに来て1ヶ月ちょっとなのでね」
痛みに言葉が絶え絶えになる。歯を食いしばり、カーティスを見れば玩具に興味を失った退屈さが窺えた。軽率で不運な少年を恨みたくなったが、仕方の無い事だと思えば仕方の無い事だ。
「折角面白い所だったのに。ねぇ?」
同意するようにカーティスが言う。この男は命の殺り取りや戦いに関しては、子供のような所がある。
「どこが。私が死ぬか貴方が死ぬか、どっちか果てなきゃ終わらないでしょう?」
面白くないと私が言えば、カーティスはまた玩具に興味を示した子供のように、ナイフを構えて玩具に突き刺そうとするのだ。きっとこの男は命の殺り取りはおろか、自分自身の命すら軽んじている。
軽んじながらも、それが楽しいと思うのだ。だから玩具だと思う私にナイフを向ける。恐ろしい。この男は殺り取りに関して言えば、どこか壊れている。
利き手は間接を外されたので、慣れない左でダガーを構えると、すっと目の前に影が見えた。黒いシャツが目の前を遮る。ロベルトだ。
「もう良いだろ。充分遊んだだろ?」
呆れた口調で話すロベルト。ロベルトが間に入った事で、全てに興味を無くしたのか、カーティスも「そうですね」と言ってナイフを仕舞う。
「楽しいひとときでしたよ」
その言葉に心底うんざりした気分が込み上げる。出来る事でも出来ない事でももう遠慮したい。
「俺はあんたの部下と遊んでたから楽しかったけど、デート中に野暮な事は止して欲しいな」
「・・・・・・別にデートと言う訳でも無いでしょう?」
「何で決め付けるんだよ」
「だって貴方とがそういう関係なら、貴方身を挺してでも守ってるでしょう?」
僕にはそういう感情もそういう相手も居ないのでわからないですが、貴方ならそうしそうだ、とカーティスは言う。女連れでカーティスに絡まれたら、男がカーティスの相手になるのが、まあ普通だろう。最も相手は普通でないので、絡まれた時点で瞬殺される事すら覚悟しなければならないのだが。
カーティスの指摘は最もだが、ロベルトは飄々とした顔でおくびにも出さない。
「貴方達がそういう関係で無くて良かった。僕にもまだ付け入る隙がありますね」
まぁ、あっても奪いますけど。至極当然のようにカーティスはそう言うと、その辺に倒れた部下達に解散命令を出して、また建物の影に入り消えて行った。
残された私達は精神疲労をそのまま表したような長い溜息を吐く事になったのだ。
ロベルトに手を引かれて路地裏を歩く。外れた腕の関節がじくじくと熱を持つ。その痛みに焦点が合わない。そんな私の状態をロベルトもわかっているようで、私の体に負担をかけないようにしながらも早足でカジノへと向かった。
カジノの最短ルートでこの陰鬱な空気の漂う路地裏を選んだ。一目を避けると言う意味でも最適だったのかもしれない。しかし、若い男女が手を取り合って歩いているのだ。路地裏を縄張りにする者達にして見れば、良いカモであると同時に目障りな存在なのだろう。こうして路地裏を歩くのは初めての事では無いが、いつも以上に何者かに進路を妨害され、その度にロベルトが脅し、時に実力行使で通る。
ようやく到着した頃には視界が霞んで見えた。
ようやく着いた安全地帯に安堵の息を漏らす。傍らのロベルトが「見せてみろよ」と言うので、服に手を掛ける。利き手が利かずに片手だけの作業。なかなか進まず、少し顔を赤らめたロベルトが「手伝って良いっすか?」と聞くので、そのまま頷いた。何故、敬語なのだろう。それだけが気になった。
優しい手付きで服に手を掛けるロベルト。ヴェールを外し、借りた上着を脱ぐ。女官服は伸縮性に富んでいて、鎖骨の辺りが見えるデザインになっていたので、肩が出るように捲るように引っ張る。
「なっ!ちょっと見えちゃいますって!」
「いや、見せないと進まないでしょ?」
「進むって何が!」
「いや、治療が」
「・・・・・・・・・・すいません」
顔を赤くしたまま、ロベルトが肩を見て顔を顰める。間接を外された私の肩は痛みを訴えるように、腫れ上がっていた。
「・・・・・魔法じゃ無理ね」
「無理なんですか?」
何で敬語なんだろう。つっこみたい気持ちで一杯になったが、肩の痛みですぐにそれ所でなくなった。
「例えば皮膚を切られたり、肉を抉られたりした場合、魔法で治せるのだけど、関節を外されただけで、物質的には何も失っていない状態に近いから治せないの。・・・・・あの男もそれがわかっていて、刺すよりも外す方を選んだんでしょうけど」
魔法使いについて、異常な程詳しすぎるあの男には本当うんざりさせられる。これから耐えなければならない痛みを考え、泣きそうにすらなった。
「それなら外れた肩を戻すしか無いんですか?」
「残念だけどね。はぁ・・・・痛いの嫌で強くなったのに」
「まぁ、それしかないなら手伝いますけど」
「お願いできる?」
ロベルトの言葉に乗り、覚悟を決める。外れた腕に触れられただけで痛むが、そこは我慢。肩を持ち上げ、腕を持ち上げられる。予想以上の痛みを歯を食いしばる事で耐える。目の前が真っ白だ。痛覚だけが冴え渡り、他の感覚が麻痺してしまったような錯覚さえ覚える。外れた間接が元に戻り、外れた事による痛みは治まる。ロベルトの指が頭に触れる。痛みを堪えた事に対する賛辞なのか、頭をくしゃくしゃと撫でられた。子供のような扱いだが、悪い気はしなかった。
「湿布を貼って熱を取れば、早ければ数日で腫れは引きますよ」
「んー。それだと遅いのよね」
左手を肩に翳す。久しぶりに使う治癒の術だが、効果は絶大で、数秒で腫れが引く。試しに腕を回してみたが、異常なし。
「便利〜」
「でしょ。でも、ここまで消耗した体力とかは回復しないのよね」
そう言って、床に座り込んだ。実を言うとここに来た時から限界だったのだ。何とか治療を終え、明日に支障が無い所まで持って来れたので、一気に気が抜けてしまったのがあるが。
「お疲れ様。運動したからお腹空いてません?何か軽く食べますか?」
「お腹は空いてるけど、良いの?」
「一日中カジノに篭ってる客だっているんです。食事に関してはうちはかなり厳しくやってるんですよ。舌の肥えたお客さんが多いから、かなり美味いんです」
期待してて下さいね、とロベルトは部屋を出て行った。
王宮魔術師になってから忙しい日々を送っていたものの、特にこの数日は目まぐるしい。明日から体持つかなーとついつい遠い目で見てしまうが、充実してる事には変わりない。目的の為にも頑張ろうと誓うのだった。
戻って来たロベルトにカーティス=ナイルの一件を仕事に問題が無い範囲で教えたり、戦闘でボロボロになった借りたロベルトのジャケットを弁償するしないで揉めたり、魔法で出来る事を色々教えたりしてるうちにどうやら眠ってしまったようで、起きた時にロベルトのベットを占領していた上、主は本を読んで夜を過ごしてしまったようで、何だか申し訳ない気持ちで一杯になったのはまた別の話。