結局、カーティスと夜に酒場で会う約束をした。

本は欲しい。欲しいが、それ以上に、カーティスに部屋に居続けられたら仕事にならない。飲めない条件なら突っ撥ねるが、飲めない条件でもない。居続けられる面倒さ、突っ撥ねる面倒さ、酒場で飲む面倒さ、秤に掛けたら酒場が一番楽だった。

(どちらにしろ、酒場に行かなきゃ行けなかったしね)

ロベルトの情報の確認もある。秘書官は居るが、既に別の仕事を頼んでいるので頼めない。秘書官以外は部下を持たなかったので、こういった情報収集も私自ら動かなければならない。しかし、その分煩わしくないので、単独で気乗りした仕事ならいくらでも動こうと思えるのだ。

カーティスは約束を交わした後、執務室の窓から消えて行った。ドアを開ければ、アッシュとタリアが中に入って来る。私の無事な姿に安堵の息を漏らす2人。タリアがお茶を勧めて来たので、3人で紅茶と焼菓子を堪能した後、2人にまた指示を出して仕事に没頭する事になった。

私の手にはカーティスが持って来た本がある。酒場で飲んだ後にくれるのかと思っていた本は、約束を交わした後、あっさりカーティスは手放した。カーティスにはただの薄汚れた本でしかないが、それにしても随分あっさり手放したものだ。それだけ私が信用に足る人間だと思っているのかどうかわからない。しかし、カーティスはこのやり取りそのものを楽しんでいる気がするので、どっちに転んでも良いと思っているように思えた。

(絶対行かないと身の危険を感じる)

3度目の襲撃はさすがに遠慮したい私は、猛スピードで机の上の書類を片付ける。傍で見ていた2人は呆気に取られていたが、そんな事は関係ない。ここ2日、書類を一切処理してなかったので、それなりに枚数が溜まっているのだ。もし、残業の憂き目に遭い、酒場に行けなくなったら、それなりの報復が待っているだろう。それすらカーティスの楽しみの範疇かもしれないが。3日連続、あの男に付き合わされるのは嫌だ。酒場には付き合うので、3日連続と言えば3日連続だが。酒に付き合うのと、殺り合いに付き合うのでは天と地ほどの差がある。

簡単な物から順に片付ける。決裁し、判を押す。全て片付けると、アッシュが書類の束を運び出す。提出しにアッシュが出て行くのと同時に、タリアがお茶を入れてくれる。紅茶の香りを楽しみながら、カーティスから受け取った本のページを捲った。







ページを捲る。相当本は傷んでいて、指の腹で捲っても滑らかに滑らない。所々裂けていたり、千切れている。本を過ぎるくらい丁寧に扱う鍛錬場の住人が見たら、さぞ嘆く状況だろう。そんな事を思いながら、文字を読み進めた。

公用語で書かれた物語。読んだだけではどこの国の物語かわからない。昨日、ロベルトから教えて貰った話が生きる。これはグルニアに伝えられている物語だ。

(後でロベルトにお礼をしないと)

解読した暗号の意味が見えてくる。「帽子屋」「懐中時計」「遊園地」。暗号の中で意味がわからなかった単語。それらが全てこの物語に登場してくる。ご丁寧に鉛筆でマーキングしている部分があり、そこを頼りに作業を進めて行けば、暗号解読は思った以上に早く解読する事が出来た。


帽子屋から懐中時計を受け取れ。
受け取った懐中時計は全て遊園地へ。
煉獄の炎で王都を包め。


帽子屋と言うのは、この物語のブラッド=デュプレを指す言葉。姓か名が同一の人物がいるのか、黒の帽子を被っているのか、どこかのギルドのボスなのか。今の段階ではわからないが、関係者や情報を洗っている最中にそれらしい人物が浮上してくる可能性が高い。

懐中時計とは、白ウサギの持つ時計を指す。物語では時計から銃に変化する特性を持っている。おそらく押収したあの攻撃型マジックアイテムの事だろう。その続きの煉獄の炎からもそれだとわかる。

問題はこの遊園地だ。王都を炎に包めとある通り、最終的には王都のどこかに運んで来るだろう。全てという事は複数個あり、最悪、既に運び込まれているのかもしれない。厄介だ。非常に厄介だ。王宮は私の魔法陣と防壁のお陰で守れるが、王都は文字通り煉獄の炎に包まれて、壊滅状態に陥るだろう。3番目の記述だけ読めてはいたが、マジックアイテムを押収していたので少し安心していた所もあった。

悪質な侵略だ。グリモアも侵略の国と呼ばれていて、これまでに数多くの国を侵略し、それで国を存続させて来た国だが、

肝心要の王都を壊滅させるという事は、国の機能を止める事にも繋がり、復興にも時間がかかる上、生産力も賠償金も大して得れないので、過去の侵略において一度も壊滅はさせた事が無い筈だ。それだけギルカタールを恐れているのか、潰してしまいたいのか。

(至急、王都に運ばれたマジックアイテムを確認しなくては)

「タリア、急いで王に緊急事態だと伝えなさい。王、王妃及び王女に王宮から出ないように、と。王都に敵によるマジックアイテムの攻撃の可能性があると」

立ち上がり、タリアに伝える。いきなりの緊急事態発生にタリアも焦りの色を浮かべるが、すぐに部屋を出て走って行った。私も杖を取り、部屋を出た。







魔法管理室の鍵を開け、押収したマジックアイテムを運び出す。鍵を掛け、布を剥ぎ、大皿の大きさ程ある赤い粘土を床に置いた。杖を振るう。床に魔法陣を描く。幾重にも陣を重ねる。すると床が突然煌き出し、水が溢れ、溜まり、水鏡へと姿に変えた。次に宙に陣を描く。今度は大きく描いた。そして水鏡はその水面に切り取られた写真のように、一枚の街並みを映し出した。ギルカタールの王都全体を投影したのである。まだ夕方で、西日に照らされた黄金の街並みは言葉で言い尽くせない美しさがあった。

赤い粘土の一部を千切り、水鏡の中に落とす。水鏡は水飛沫を上げ、粘土を己の内に落とす。映し出した町並みは波と共に揺れるが、波が収まると共にまた鮮明に映し出された。杖を掲げ、魔法を唱える。杖から放たれた光は水鏡に反射しては飛び散る。

幾度と無く同じ事を繰り返す。すると。王都の北東。閑静な住宅が立ち並ぶ一角。その中の一等地。街一番、国一番と名高い病院の映像の上で、赤くチカチカと点滅する光が1つ見えた。

(病院に持ち込まれたか?!)

他にも同種のマジックアイテムが無いか、魔法で探すものの、赤い光は病院以外点く事は無かった。どうやら1つだけ運ばれて来ただけらしい。問題は運ばれた先。運び屋が怪我をして通院という場合もあるが、王都壊滅を暗号に謳っている事を考えれば、病院を潰して死傷者を増やす狙いもある。あまりの非道さだが、病院にマジックアイテムを設置するメリットがある以上、可能性は充分ある。それに病院が『遊園地』の可能性も捨て切れない。

(どちらにしろ、使われる前に回収しなくては)

水鏡を床に戻す。映像は消え、水鏡はまた元の大理石に戻る。すると、離れていた所でこちらを窺っていた一団が部屋に入って来た。アッシュ、タリア、それに南北のまとめ役が揃っていた。

4人に王都に2日前に見つかったマジックアイテムと同種の物が1つ見つかった事を伝える。案の定、私の仕事のミスだとねちねちとヨシュア=シンクが言い出すが、それを無視して、アッシュとタリアに指示を出す。無視されたヨシュアがあれこれ煩いが、それも無視して、トータム=ベイルに国王の報告をお願いする。元は南の1件が始まりなので、快く承諾して貰えた。

私もマジックアイテムの回収に移動しようと思ったが、肩を捕まれ阻まれた。見なくてもわかる。ヨシュアだ。嫌味や揚げ足に留まらず、脅し文句まで言い始めたヨシュア。余程2度の無視は頭に来たらしい。

「そもそも貴様は新参者でありながら」
「私の邪魔をして頂きたくない。貴殿に付き合っている暇はないのです」
「貴様!」

今にも斬りかかりそうな勢いだ。実際、ここが王宮ではない、人気の無い場所であったら斬りかかって来ただろう。しかし、私には関係が無い。王宮だろうと他の場所だろうと、この男には私を斬れる力は無いし、わざと斬られる理由も無い。

脅すように杖で床を突く。音としては小さなそれも、充分な効果はあったようで、ヨシュアは我に返り少し落ち着いたように見えた。

「貴殿は私の話を聞いていたのですか?例のマジックアイテムが見つかったのです。場所は貴殿の管轄する北側の地域ですよ。・・・・爆発したら、貴殿の責任ですよね?」

ヨシュアが押し黙る。南の関所でマジックアイテムの運び屋を逃がした事を責め立て、南側の権威を追い落とす勢いで問題追求していたのはこの男だ。これで北側で爆発が起きた時には、責任問題がまず北側に来る。しかも、それを回収しに行く魔術師を足止めして、爆発させたとなると、失脚レベルの問題だ。

押し黙ったヨシュアを横目で見る。どうやらもう引き止める気は無いらしい。足早と部屋を出ようとすると、後ろからヨシュアの呟きが聞こえた。貴様、許さんぞ、と。その言葉の後に続く言葉があるとしたら、後で覚えておけ、だろうか。使い古された言葉に思わず笑いそうになるが、そこは抑えて一言だけ告げて部屋を後にした。

「私、人を蛙や蛇に変えるの得意ですよ」