自室に戻って必要な物を揃える。杖とタリスマン、それにローブ。時計はカーティスと約束した時刻に近付いていた。事情を話しに酒場に行きたいが、そんな余裕も無い。

「あー。どうしよう」
「何がどうしよう、なんです?」

不意に背後に感じる気配。振り向く前からわかる。カーティスだ。にっこりと笑顔を浮かべているが、目が笑っていない。怖い。誓約を交わしていなかったら即座に逃げていただろう。

「・・・・もしかして、帰ったと見せかけてずっと傍にいたの?」
「ええ、もしかしてばれてました?」
「勘かな。すぐ出て来たから、最初から居たのかなって思っただけです」
「なるほど。良かった。僕の気配が読まれていたらショックだったので。・・・ところで今から行くんですか?」
「まぁ、否応無く」

普段なら先約優先だが、今回は多くの人命が関わって来ている。仕事でもあるので優先しなければいけない事だが、その選択はカーティスにとって不満らしい。

「仕方ないでしょう。無視出来ないくらい、威力が大きいんですから。爆破場所がスラム街だったらカーティスにも被害が及ぶでしょう?」
「それは面倒ですけれど。・・・・わかりました。僕もついて行きます。さっさと終わらせて飲みましょう。良いですね?」

思わぬ提案に驚いた。天下のカーティス=ナイルの同行である。稀代の暗殺者の。心強い。心強いが、連れて行くには彼は高すぎる。

「いい、遠慮する。カーティスに頼む程、予算無いです」

ブンブンと手を振って遠慮するが、カーティスは譲らない。何が彼を動かしているのか理解不能だが、ついて行く事は彼の中で確定事項らしい。

「僕は高いです。それにただ働きも嫌いです。ですが取引を反故されるのはもっと嫌いで、自分のテリトリーを荒らす人は更に嫌いなんです」
「・・・・・わかった。じゃあ、さっさと終わらせましょう」

どんなに言ってもついて来るだろう。契約も交わしていないし、純粋に力を貸して貰える筈だ。使える者は使おう。例え稀代の殺し屋でも、雇うのにお高い人材でも。それに時間が惜しい。

私はカーティスに魔法で移動する旨を伝えると、過去に経験があるのかぴったりと背後から密着して来た。流石に魔法詠唱するには邪魔だったので、言葉にすれば、しぶしぶながら右手を肩に添えるだけにして貰えた。魔法を唱え、光に包まれる。移動先は王都北東。







病院には行った事があるが、座標捕捉していなかった為、以前訪れた北の斡旋所前に出た。魔法移動など見られると厄介なので、人気の無い場所に降り立つ。ここから徒歩で数分程度。カーティスならついて来れるので、全力で病院に駆け出して行った。




時間は既に夕闇から夜色に空が変わる頃合である。病院前は既に人気が無い。ギルカタールの病院に相応しく、警備体制も王宮並みに高いが、カーティスと私は苦も無く音も無く、敷地内に入った。タリスマンを翳す。中に例のマジックアイテムの欠片が入ったそれは、静かに揺れてある1点を指す。病院内。しかも、奥側。おそらくは入院患者が居る区画なのだろう。なるべく穏便に済ませるべく、その病院全体に眠りの魔法を掛けた。


病院に入る。柔らかい色合いの壁。汚れの無い床。独特の消毒液の匂いが僅かに漂う中、薄暗い廊下を歩く。魔法で全て眠りにつかせたので、職員と思われる人間が立ったまま眠っている。通り過ぎ、タリスマンの指し示す方向へと歩く。奥へと進む。途中、入院患者の部屋もあったが、通り過ぎる。タリスマンは奥へ奥へと揺れる。次第に人は減り、人気が無くなったと思われた頃、タリスマンの反応が強くなった。

ひっそりとした廊下の奥に、扉が1つ。開けようと手を伸ばせば、人の気配。どうやら持ち主はここにいるらしい。ドアのノブを捻った。

人は眠っていても気配はする。起きていてもしかり。しかし、魔法を掛けた事で安心していた私が扉を開くと、容赦ない速さでダガーの切っ先が閃く。

避ける前に後ろから引き寄せられた。カーティスだ。既に戦闘モードなようで、愛用の投げナイフを手に私の前に立つ。

「暗殺者と王宮魔術師がここに何の用だ?」

私とカーティスの異色コンビに、褐色の肌と黒髪の男性が、ダガーを構えたまま問う。カーティスもナイフを持ったままだが、見知った相手らしい。いつもより柔らかい態度で、こんばんわ、シャーク、と挨拶をしていた。

シャーク、シャーク=ブランドン。この病院の院長。見た事が無かったのでわからなかったが、どうやら目の前の彼が何でも仕入れると評判の男らしい。兼任で医者もやっていると聞いた時には、手広い男だと思ったが。

しかし、何故彼がマジックアイテムを?それに何故私の魔法に掛からなかったのだろう?魔法耐性でもあるのだろうか。カーティスの後ろから部屋を覗くが、それらしい物が見えないが、タリスマンの反応は間違いなくこの部屋を指していた。

カーティスとシャーク、2人の会話から察するに、調達屋とその客の関係のようだ。客であるカーティスはかなり重宝しているように見える。その証拠に無闇にナイフを投げずに構えたまま。一方のシャークもカーティスの強さは良くわかっているようで、相手の動きを窺っているだけだ。話を切り出すのは私の役目。緊急のため、眠りの魔法を掛けてまで忍び込んだが、シャークのテリトリーを侵した事には変わりない。

「すいません。勝手に忍び込んで。実はですね・・・」

謝罪の言葉と共に事情を話す。最初は怒り心頭と言う表情のシャークだったが、話を聞くにつれて徐々に疲れた表情になっていった。

「っていうと、あんたはその危険極まりない無いマジックアイテムを回収しに来た訳だ」
「そうです」
「オーキッドの麻布で包まれてるから、何かあるとは思ったんだが、そんな物騒な代物だったのかよ」

ガリガリとシャークは頭を掻く。ダガーを仕舞い、部屋の奥に行き、しばらくするとシャークの小脇に抱えられた大皿程の大きさの布が見えた。模様は間違いなくオーキッドだ。手にしたタリスマンがふるふると揺れる。

「これをどこで?」
「あー、話しても良いが条件がある」
「条件次第ですけど、何でしょう?」
「これを渡す代わりに、これが俺の病院で見つかった事は隠して欲しい」

危険物が見つかったとなると、病院の評判に傷が付くだろう。腕は良い上、金持ちからは取るが貧乏人には優しい病院だから、大した傷にならないかもしれないが、それでも1点の傷には変わらない。最初から場所が病院とわかった時点でその辺は考慮していたので、相手から条件に持ちかけられたならそれに従って問題は無い。

「良いですよ。でも発見者が『シャーク=ブランドン』という事は報告して構わないんですよね?」

危険極まりないマジックアイテムをシャークが好き好んで病院に持って来たとは思わない。病院に来た患者辺りが持っていた代物という線が妥当か。それならば、王宮に恩を売っておいた方が良いだろう。仮にも危険物をどういう経緯か知らないが入手し管理してくれたのだ。テリトリーに踏み入った非礼の詫びにはなるだろう。

「ああ、その方が俺も助かるな」

にぃっとシャークが笑う。

了承を得たので、取引は無事成立。私はカーティスと共に部屋に招かれ、そこで話を聞く事にした。

マジックアイテムを持つ人間を殺して、回収して、はい終わり。そんな工程を頭に描いていたのか、カーティスはわざとらしく溜息を吐きながら、時間が掛かりますね、と呟いた。話の最中、暇つぶしなのか私の髪を弄っていたが、私の仕事に付き合せてしまっているので好きなようにさせておいた。







そこは診察室のように見えた。

実際はシャークの自室。空き部屋で倉庫化していたらしいこの部屋に、使い古したテーブルに椅子、診察台を持ち込んだと彼は語った。診察台に座るように促され、腰を下ろす。向かい合うように椅子にシャークが座る。これでシャークが白衣を着ていれば、診察に来たような気分に陥りそうな光景だ。

「あのマジックアイテムを入手したのは偶然なんだ」

シャークが事の発端である事件から語り始めた。

シャーク=ブランドンが取り仕切るギルドの縄張りに、その男が現れたのは昨日の事。余所者に懐疑的なギルカタールの人間だが、野菜や果物を始め、食料の殆どが輸入に頼っている。そういった物をギルカタールの人間が仕入れて来る時もあるが、他国の人間が運んで来る時もある。その男も他国出身、ボアトレの商人の1人だった。商人としてはまだ駆け出し、シャークの所に出入りするのもつい最近からだったが、その男が代金の釣りの支払いの中に、偽札が混じっていたのだ。ギルカタールの商人相手に偽札を掴ませようと意図的にやる人間が居たら相当愚かだ。実際、このボアトレの商人、ドラブも、故意にやった訳ではない。

しかし、事は信用問題に関わる。うっかりしてましたでは済まない話だ。特に強欲と知られるギルカタールの商人が、このチャンスを逃す筈が無い。違約金をむしり取るか、代金を値切るか、考えて抜いた末、これから先に別の配達口があるのか、1つ残っていた荷を押さえる事にしたのだ。

端から見てもその荷は厳重に包装されており、駆け出しの商人が扱うには上等過ぎる品が納められているように見えたのだ。

予想通り、ドラブはそれだけは、と許しを請う。動揺していたのだろう。ドラブの口にした違約金は、シャークの部下が予想した金額を遥かに超えていた。

これは金になる、と。シャークの部下はドラブを縛り上げ、その荷を押さえたのだ。縛り上げ、空き部屋に押し込めた後、荷を改めると、魔法の類としかわからない布に包まれた物体が1つ。中は赤い粘土。一見して金にはならなそうな物である。しかし、仮にも高い違約金を払っても渡す事を拒んだ品である。出す所に出せばきっと金になるだろう。自分の手には余る品だと判断して、再び布に包むと元締めであるシャークの所に渡ったのだ。シャークも、オーキッドの麻布はすぐにわかったが、中身の粘土は炎属性のマジックアイテムとまでしかわからなかったらしい。

その話にカーティスが、貴方でもわからない事があるんですね、と口にした。シャークも調達出来ない物は無いと言われた商人である。当然、商品知識は膨大な量を誇る。見た品、聞いた品、扱った品は全て網羅している自信があったのだが、と苦い顔で話すシャーク。私が知らなくて当然ですよと言えば、2人とも目を丸くした。


「このマジックアイテムは市場には出回っていません。過去においてもです。材料の大半は安易に手に入る物ばかりですが、1つだけ珍しい材料を使っています。おそらく腕の良い錬金術師か魔術師がごく最近作ったのでしょう。まぁ、完全オーダーメイドのマジックアイテムです。製作者オリジナルの」

シャークはオーダーメイドかと繰り返し口にする。

「ところでそのドラブという商人はまだ・・・」
「ああ、縛り上げて転がしたままだ。まぁ、これが何なのか聞くのにちょっとやっちまったけどな」

何をやったか想像に容易い。

「何か吐きました?」
「何も。知らないの一点張り。昨日の昼に捕まえたばかりだからな。吐かすにはもう少し時間がかかりそうなんだが」
「シャーク殿」
「何だ?」
「それ、王宮に売ってくれません?」
「どっちだ?両方ともか?」
「情報だけ。魔法で情報を吐かす事も可能ですから、何なら協力しますのでお安くして貰えると助かりますね」

シャークの顔が途端に商人の顔に変わる。商談スタート。シャークが指で額を示し、それに私も指で額を示す。指の数を増やしたり減らしたり。お互いの妥協ラインを探す事数分。ようやく折り合いが付き、交渉成立。握手で契約を交わし、立ち上がる。監禁場所である倉庫の1つの場所を教えて貰う。早く情報が欲しかったので、この後、落ち合う事にするかどうかの話になったが、その時になって己の存在を主張するようにカーティスが私の肩を揺らした。

。・・・・今夜は僕との約束でしたよね?」
「あ〜、そうなんだけどね」
「もう危険物も回収しちゃったから良いですよね?」
「うーん」


こういう時のカーティスは笑顔の癖に目が笑ってない。誓約しておいて良かったとつくづく思う。そうでなければ今頃ナイフの1本や2本は飛んで来ただろう。カーティス=ナイルという男は基本的には自分がやりたい事しかやらない。

しかし、情報は早く欲しいし、仕事はさっさと片付けたい。緊急事態の発令も早めに解除したい所。頭を働かせ、何か取引に使える物が無いか考える。カーティスが好きそうな物。しばらくして、1つ使えそうな物を思い出し、言葉にしてみる。

「竜涎水」

私の肩に置かれたカーティスの手がピクリと動く。

「って知ってます?」

試すように尋ねてみれば、ええ知ってますよ、とカーティスが答えた。

「私、実は持ってるんですよね。どうです?今日はこれで納得して貰えません?」

澄まし顔で答えて見れば、カーティスが嬉と困が入り混じった複雑な表情をする。

「マニアが大金はたいて手に入れれるかどうかの代物ですよ?」
「ほら、私って魔術師ですから」
「・・・・・本当に?」
「大量にはあげられないけど、小瓶1本でどうです?」
「・・・・どうです・・・って小瓶1本でいくらすると思ってるんだよ」
「億は余裕でしょうね」
「知ってて出すのかよ」

口を挟んだシャークは、一瞬で仕入れ単価から手数料、取引価格まで計算出来てしまったらしい。グッタリと椅子に座り込む。信じられねぇと横で呟く声が聞こえたが、私は金には興味が無いし、そのアイテムも別に惜しくないので問題なかった。

カーティスはしばし無言で考えを巡らし、数分後、瓶1本を選んだ。賢明な判断だ。このまま私を連れて飲みに行っても、私の頭は仕事の事で一杯な訳で。そんな相手と飲みに行っても面白くも無いだろう。

こちらとも商談成立。一旦、王宮に戻らなければいけないので、シャークと落ち合う場所を決めて魔法で一時帰還する事にした。