朝、王宮の守りを強化する準備を執務室で1人行っていると、早い時間にも関わらず来訪者を告げるノックが部屋に響いた。おそらく昨日ライルが言っていた足手纏いにならない助っ人がやって来たのだろう。無能な人物を嫌うライルが一体誰を送り込んで来たのか。興味が湧かない筈が無い。自分でも上機嫌だとわかる声で中に入るように勧めれば、聞き慣れた声がドアの向こうから聞こえて来た。


「・・・ロベルト殿?」
「お久しぶりです。さん」

やって来たのは数日前に世話になったロベルトだった。ギルカタール屈指のギャンブラー。国内最多のカジノを所有する実業家。他国出身の腕利きの元冒険者。いくつもの肩書きを持つ彼はライルの親友だった。


数日前に会ったばかりなのだが、ロベルトの感覚からすれば久しぶりなのだろう。その細身の体躯は一見すればギャンブラースタイルの優男だが、カーティスの部下達を一蹴する程の実力を持っている。そう言う意味では私がライルに告げた決して足手まといにならない人材には違いなかった。


(しかし、またライルも使い難い人を引っ張り出して来ましたね)


こう言っては何だが、ロベルトはカーティス以上に使い難い。人に雇われる事を生業としているカーティスが使い難いのは、仕事一本辺りのギャラが非常に高額だからだ。逆に言えばギャラの確保さえ出来れば、特に心配は要らない。逆に実業家であるロベルトは完全に人を雇う側の人間だ。実業家でありギャンブラーでもある彼が一夜の間に稼ぐ額は、その事業の規模から考えてもカーティスよりも上だ。そんな彼を雇うとなると・・・考えただけで頭が痛くなる話だった。


表情には出さないようにしていたつもりだったが、職業柄、表情の僅かな差異すら見逃さないのだろう。私の困惑を読み取ったロベルトは、くすりと忍び笑いを漏らすと懐から手紙を取り出した。見覚えのある薄藍色の封筒。ライルが好んで使っている物だ。受け取って中身を見る。


蜥蜴のエンボスの入った紙。裏の命令書だ。最後の署名は無い。その代わり裏の大臣(ライル)を示す印章が押されていた。ライルの性格を踏まえて考えると、おそらくライルはロベルトに裏の役職の事は話していないだろう。しかし裏の手紙を預ける程の信頼を寄せているようで、少しだけ羨ましく思えた。私にはそう言った相手が未だにいないからである。


命令書を手のひらの上で起こした炎の魔法で燃やす。音も無く燃えカス1つ残さず燃やし切ると、ロベルトが目を丸くしていた。


さんって本当に魔法使いなんですね」
「・・・何だと思っていたんですか?」
「いや、王宮魔術師って言うのはわかっていたけれど、・・・カーティスとダガー1本でタメ張れるとは思っても無かったので・・・」


ロベルトの前でも魔法は何度か使ったが、カーティスと戦った時の印象の方が強かったらしい。剣技よりも魔法を得意とする身としては、何とも言えない複雑な気分で一杯になったが、それでも私の魔法に目を輝かせる人間に悪感情など抱ける筈も無く。ロベルトに請われていくつか魔法を披露すれば、ロベルトの歓声が執務室に満ちた。








ライルからの命令書にも書かれていたが、念の為にロベルト本人からも話を聞く。どうやらロベルトは報酬よりも王宮に名を売るつもりでライルの依頼を受けたらしい。折りしもロベルトは例の計画(王女の婚約者候補)の選考に残った20人の中の1人だ。これから最終選考を行い5人にまで絞るが、その中でロベルトは他国出身という事もあって評価はやや低い。実力だけで言うならば候補者の中でも5指に入るのに関わらずだ。この機会にロベルトの評価を上げてしまうライルの腹づもりなのだろう。


「ロベルト殿。本当に良いのですか?」
「良いって何がですか?」
「足手纏いにならない優秀な部下が欲しいと愚痴を言ったので、ライルがロベルト殿に頼んでくれたのでしょうが、一時的に私の部下になるって事ですよ?それで良いのですか?」


ロベルトの性分から考えて誰かの下につく事はまず無い。ライルとの関係もライルの方が年上と言う事もあって、発言力が向こうの方が高いが、基本的に対等な関係だ。


「構いませんよ。王宮に居る他のヤツラなら遠慮しますが、わざわざそんな事を聞く時点であんたは俺の性格をそれなりに把握している。嫌な命令なら拒否しますし、その辺はあまり気にしないで下さい。あ、一応、部下になるので、様と呼ばせて頂きますよ」

上機嫌で言うロベルトだが、実力者である彼に様付けで呼ばれれば、王宮雀達が騒ぎ出すだろう。他国人同士組んで王宮に仇なすつもりだろうと、国王夫妻や南北のまとめ役に進言して来るに違いない。この非常事態時にも関わらず、足の引っ張り合いしかする事が無いのだから、如何に彼らが暇を持て余しているかわかるかと思う。最もそんな彼らの戯言をまともに取り合う高位の人間はおそらく居ないだろう。私と険悪な関係であるヨシュア=シンクですら、一蹴するに違いない。それだけ不本意ながらギルカタールの防衛システムの中に私が食い込んでいると言う事だ。


「わかりました。ロベルト殿、貴方を特別執務官として任命します。人前ではすみませんが呼び捨てにさせて貰いますね」
「別にさんなら普段から呼び捨てでも構いませんよ」
「私の方が年下ですから。私の事も普段はで結構ですよ。敬語もいりません」
「年下なのは知ってますけれど、一体いくつなんですか?・・・ってすいません、女性に年聞いちゃって・・・」
「聞かれて困る年でも無いですから平気ですよ。今年で19歳になります」
「え?!ハタチ未満?!」
「ええ、そうですけれど」
「その年でライルと対等にやれてるの?!」
「ロベルト殿が」
「ロ・ベ・ル・ト。敬語もナシ」
「・・・ロベルトもライルと旅をしていた頃はこのくらいの年だったのでは?」
「いや、確かにそうだけど。今のライルはあの頃のライルよりも厳しいっすよ?それなのにその年であのライルに認められるとかどれだけ凄いんですか!」
「いや、まぁ・・・」


私も他国出身なので、ロベルト同様に過小評価されている。私の実力を正しく評価したのが国王だった為に王宮魔術師に任命されてしまったが、未だに私の実力を疑問視する声も高い。まとめ役の下の部署、省の長の最年少は私だが、次点が42歳なので親子程の年の差があるのだ。
疑問に思われても仕方が無い状態だ。


机の中から青いビロードの小箱を取り出す。予め用意していた階級章だ。

「では特別執務官の階級章を付けさせて貰います。その服にこのままつけて大丈夫ですか?」
「あ、OKっス」
「それでは少しだけじっとしててくださいね」


ピンバッチになっている階級章を取り出し、ロベルトの服の襟元に手を伸ばす。自然とロベルトと接近する形になり、この間合いで攻撃されると避け切れるかどうかふと考えながらピンを襟に挿していると、ふとロベルトが漏らした言葉が耳に入った。


「こう言うのも良いよな〜」


何の事かわからずに上を見上げれば、すぐ傍に見えるロベルトの顔が若干赤い。目が合えば、余計にその顔が赤くなった。


「な!上目遣いなんて卑怯っすよ!」
「何がですか?」


私の問いにロベルトは言葉にならない言葉で返す。


「美人な癖に天然で自覚ナシってどこまで酷いんですか!」
「だから何が?」


何だろう。褒められてる気が2割、貶されている気が8割する。首を傾げる私にロベルトは相変わらず顔を赤くしたまま良くわからない言葉を気が済むまで吐き出すのだった。