既に裏では話を通しているがそれを表向きの話にする為に、ロベルトを連れて謁見室にやって来た。ライルの親友と言う事で頻繁に王宮に出入りしているロベルトだが、大抵夜や深夜の来訪と言う事もあって、門番や夜の見回りの人間以外にはあまり馴染みが無く、廊下で擦れ違う度に不可解な視線を送られ続けていた。


「国王陛下、王妃殿下に取次ぎを」


謁見室の前にいる文官に話し掛けると、私の背後にいるロベルトをマジマジと見る。しかしロベルトの帽子の鍔や服の襟、胸元に真紅の階級章を目に捉えると、「失礼しました!」と姿勢を正して一礼すると、慌てて取次ぎへと走った。


「何なんですか、コレ?」


ただの階級章では無い事に気付いたのだろう。襟元を指差すロベルトに軽く微笑んで見せると、その階級章の持つ意味を教えた。


「はぁ、そんな凄いの俺に付けちゃって良いんですか?」
「逆です。ロベルトに働いて貰う以上、これを付けないと色々厄介な事が起きるんですよ」


ロベルトに付けた階級章は特別執務官を示す物だが、実を言えばギルカタールにはそのような職位は通常存在しない。ギルカタール国内外の有力者に仕事を依頼する際、王宮内での身分を一時的に保証する為に作った職位なのだ。真紅のルビーの物が1番階級が高く、この階級章を付けている人間に直接命令出来るのは国王と王妃だけだ。と、言っても長期の仕事ともなれば多忙な国王が毎回直接命令を出せる筈も無く、実際には国王から委任された代理人が命令を下す事になる。今現在、ロベルトに命令出来るのは、国王夫妻と代理人の指定を受けた私とライルの4人である。例えまとめ役と言えど、ロベルトに命令は出せない。


「下手に低い地位を与えれば、これ幸いとロベルトに無理難題言いつける欲深い人間が出て来ますからね。その対策です」
「へぇー。まぁ、悪い気はしないから良いんですけれどね」


謁見の為に帽子を脱いだロベルトを連れて謁見室に入れば、王座に座る国王夫妻が楽しげに笑っていた。ギルカタールは独裁王政の国だ。国王の様子を見れば国のあり方がわかると言っても良い。このように楽しげに笑っている様を見れば、誰もが水面下で他国と通じていた家臣の捕縛に部下を動かしているなどと思いもしないだろう。王の手の動き1つに静かに執務官達が退室して行く。常時展開されている影の護衛を除けば、謁見室にいるのは国王夫妻にロベルトと私と言うギルカタールと言う特殊な国でも一癖も二癖もある者ばかりだ。お決まりのご機嫌伺いの挨拶すら省略させられて、ロベルトの起用を2人に説明する。国王が重々しく頷き、ロベルトに命を下す。ロベルトも恭しく頭を下げて拝命する。裏で決まった事を表向きにする為だけの儀式で、私から見ると二度手間な訳だが、威信あっての王家なのでこういった事も必要なのだ。こういった事には向かない性格なので、早い所この問題を片付けて後任探してまた旅に出たいなー。なんて考えていたら、謁見が終わった後にロベルトに「勝手にどこかに居なくなっちゃ嫌ですよ」と言われた。顔が引き攣りそうになるのを頑張って押し留めたのだが、余計酷い顔になってしまったのは言うまでも無い。








さん、終わりましたよ」
「ありがとう」
「次はこれをやれば良いですか?」
「うん、お願い」


予想以上にロベルトは優秀な人だった。国王夫妻に謁見した後、私達はすぐに執務室に戻ると仕事に取り掛かった。やる事は山程あるのだ。


最初はそれ程ロベルトに期待していなかった。かなりのカジノを経営しているが、共同経営者でもあるライルの力も大きいと思っていた。知の部分をライルが、武の部分をロベルトが主に担当して旅をしていたと聞いていたので、戦闘能力が高いギャンブラーだというイメージを持っていた。武官の仕事は出来ても文官の仕事は不向きだと思っていた。・・・それは良い形で裏切られた。


ギルカタールは国民に識字教育を行っていない。覚えたければ手段問わずに覚えれば良い。そんなところがギルカタールらしいと言えばらしい話なのだが、国が言語教育にまったく着手していないお陰で国内で氾濫する言葉は様々だ。地域ごとに部族ごとにその言葉は共通性は持ちながらも発音綴りが異なっている。王宮内での使用はギルカタール語と決められているがその決まりもかなり緩く、各地方領主から上がって来る報告書の言葉に統一性は無い。報告書を翻訳する部署すら王宮内に存在するくらいなのだが、そこに私達が処理している書類を回す訳にはいかない。・・・今回の陰謀の証拠書類なのだから。


(これだけでもロベルトは食っていけますよ)


ロベルトはアッシュの机で書類を処理している。地味で面白みに欠ける作業につまらなそうな表情ではあったが、そのスピードは物凄い。言語の統一性の無い書類を片っ端からギルカタール語に翻訳して、それを国王に奏上する正式書類に書き直しているのだ。念の為にチェックしてみたが、何の不備も無い。むしろ翻訳専門部署より出来が良かった。


(あそこの部署の人間が知ったら発狂しそうな実力ですね))


本職より凄いのに、ロベルトの場合はこれが本職でも副職でも無いのだから。


(しかし、素晴らしい出来栄えですね)


あの処理速度からは想像も付かない、まるで辞典の例文のような整然とした言葉の羅列を惚れ惚れしながら眺めた後にロベルトを見ると、ちょうどロベルトも書類から顔を上げて視線がかち合った。目が合った瞬間、ロベルトの顔が唖然とする。


「なっ、ちょ、なんか俺やらかしました?!」
「は?」


椅子が倒れるのもお構い無しにロベルトが慌てて私の席までやって来る。じーっと私の顔を見つめて来るが、あれか、私が書類を凝視していたから間違いでもあったかと思ったのだろうか。


「スペルミスの1つもありませんよ。綺麗な文章だったので思わず見とれてました」
「え?あ?綺麗っスか?」
「ええ。綺麗です。文章の構成も綺麗ですが、文字も綺麗ですね。欲しくなりました」
「ほ、欲しい?!」
「ええ。まぁ、私には無理でしょうけれど」


ちらりとロベルトに視線を投げれば、ロベルトは耳まで真っ赤になっていた。


(部下に欲しいなぁ。私の収入じゃロベルト雇えないから無理だけど。そもそもロベルトも本業も副業も忙しいから無理だからなぁ)


これだけの文章構成力とを持つ字の綺麗な人間はそう居ない。もし彼の本職がこれだったなら、私は定期的に彼に仕事を頼んでいただろう。


(腕の良い字の綺麗な翻訳家、どこかにいないかなぁ。清書して欲しい本、かなり増えちゃったんですよねー)


はぁ、と思わず零れた溜息にイカンイカンと気持ちを持ち直そうとすると、肩をがっしり掴まれる感触。顔を上げて見れば赤みが一向に引かないロベルトの顔があった。はて、もしかしてロベルトは褒め慣れていない人なのか?あのライルが褒めて伸ばすなんて事、絶対にしないから、褒められて照れて感激しているのか?


さん」
「はい?」
「あの、俺・・・その、」


口を開いたり、閉じたりを繰り返すロベルト。言うべきか言わないべきか迷っているように見受けられたが、どうやら言う決意を固めたらしい。「俺は」とやや擦れた声。その瞬間、背筋がぞくりとした。反射的に体が動く。


弾かれた細身のナイフが部屋のあちこちに散らばり、突き刺さる。あの状態にも関わらず飛んで来たナイフに即座に対応出来たロベルトは流石だろう。


「なーんか数日前にもこんなことありましたよね?」
「あー、俺も同じ事思いました」


緊張感の無い会話を遮るように現れたのは赤髪の男。カーティスだった。気配どころか音すら消せる彼がわざわざ音を鳴らして派手な登場をしたのは、何らかの理由があるのだろう。こちらを見るその顔は険しい。あのナイフから犯人はカーティスだと言うのはすぐに気付いたが、肝心の動機というものがわからない。誓約を交わしているので、あのナイフが私ではなく、ロベルトを狙ってのものだろう。しかし、何故ロベルトを?


私の疑問に答えないまま、カーティスはロベルトを睨み付けるとこう言った。


「この泥棒猫」


どうしてこうなった。