並盛中学校の1室。本来ならば校内での使用が禁じられている携帯電話だったが、応接室でその柔らかいリズムが鳴った。曲は並盛中学校校歌。それもオルゴールバージョン。今時の中学生と呼ぶには規格外過ぎるこの携帯の主は、あまり携帯に多機能さを求めず、通話さえが出来れば良いと思っているのだが、どうせ鳴るならば好きな曲と言う感性は持ち合わせていたようで、部下の中にそれを得意とする者がいたので、作るように指示を出した。翌日にはそれが携帯に入っているのだから、彼が如何に部下達に畏怖されると同時に尊敬されているかがわかる。


そんな訳で雲雀恭弥の携帯には3種類の校歌が入っている。1つ目は着うたバージョン。演奏は並盛中学校吹奏楽部一同。歌を担当したのは同じく並盛中学校の合唱部一同だ。市民音楽祭を間近に控え、練習に明け暮れる2つの部に風紀委員が押しかけたのは両部の部員の記憶に新しい。突然現れた風紀委員の申し出に、部員の大半を女子生徒で占める両部の部員達は4割の恐怖と6割の恋慕によってその日の内に収録作業に入る事になった。2つ目はクラッシックバージョン。吹奏楽部一同による生演奏がそのまま流れるようになっている。そして3つ目はオルゴールバージョンである。クラッシックバージョンをオルゴール調に編集加工された物で、編集作業に当たった風紀委員が作業中にある人物の事を思い出し、その人物のイメージで本来は作る予定の無いこの3つ目を作ったのである。翌日、3つ目を聞いた雲雀は部下を褒め、滅多に褒めない雲雀の言葉を貰った部下が感動に震えるのを他所に、雲雀は慣れた手付きで携帯の設定をし始めた。


こうして3種類の校歌は1つ目は学校関係者、2つ目はそれ以外、そして3つ目は作成者がイメージした雲雀の幼馴染専用曲となったのである。







携帯のその着信音が鳴ったのは、ちょうど放課後の時間帯だった。秘書的存在である風紀副委員長の草壁が出した茶と菓子を堪能していた雲雀は、その音に即座に反応した。茶飲みを置いて仕事机から恭しく運んで来る草壁から携帯を受け取ると、通話ボタンを押して耳に当てる。電話の向こうから聞こえて来る声はいつだって耳障りが良かった。

「今日、先に帰っても良い?」
「良いけど、何かあった?」

耳障りが良いのは相変わらずだったが、今日は声から少しだけ困惑が読み取れた。「んー」と軽く唸るのは、の考え中の時の癖だ。言うか言わないか悩んでいるのだろう。しばらくしてが言ったのは「用事が出来た」と言うシンプルな言葉だった。自分に対してある程度オープンなが、こういうシンプルな物言いをする時は決まって何かある。その事を十二分に理解している雲雀は、見透かした上で「誰が来たの?」と尋ねた。

「・・・クフ」
「すぐ行く!どこ?!」
「校門前」

その言葉と共に雲雀は動いた。電話を切り、携帯を控えていた部下の1人に投げ、学ランの上を羽織り直す。腰からトンファーを取り出して確認すると、そのまま応接室の窓から身を躍らせた。応接室に居た風紀委員も動き出す。草壁が叫ぶ。

「姐さんの一大事だ、行くぞ!」







ざわざわと何事かと周囲が騒ぎ出す。最強にして最恐の風紀委員長が居なければ、進学校でもなければスポーツ有名校でもない並盛中学校は、ごくごく平凡な生徒達の集まりにしか過ぎず、そんな平凡な学校の生徒が相次いで黒曜中学校の制服を着た人間に襲撃されたと言うニュースは記憶に真新しい。そんな中、放課後に黒曜中学校の制服を着た男3人組が校門前に現れたのだ。気の弱い生徒は襲われると怯えて裏門から帰り、興味心が勝った生徒は遠巻きに見守っている中、私は耳に当てていた携帯がぷつりと通話が切れたので、制服のポケットの中に入れた。

「呼んだんですか、彼を?」
「結果的にはそうなるね」

「だって勝手に先に帰ると煩いから」と言えば、クフフの彼、六道骸と言う面白い名前の彼は肩を竦めてみせた。

「僕は彼には用がないんですけどね」
「うーん、でも私も」

君には用が無いよ。そう言う前に、疾風が私の真横を通った。ガキンと強度のある金属同士がぶつかる音。恭弥だ。問答無用でトンファーを振り落とし、クフフの彼も応戦する形でこの間見た三叉槍で防いだ。

「何の用?」
「君には用がありません。さんに用があるんです」
に何の用?」
「君には言いません」
「・・・噛み殺す」
「クフフ、出来るものなら」

トンファー対三叉槍と言う異種格闘技バトルが目の前で始まった。先日はカレーを作るために帰ったので見るのは初めてだったけど、クフフの彼と恭弥の実力は均衡しているようで、互いに一歩も引かないバトルに手に汗を握った。この2人がいれば私は一生格闘技の観戦に行く必要がないだろう。

(恭弥強いのに、互角ってクフフの彼も凄いなぁ)

感心しながら眺めていると、後ろからポンと肩を叩かれた。振り向けばクフフの彼の部下、眼鏡と帽子の・・・帽子くんだった。2人のバトルに気取られ過ぎて、気づかなかった。周囲に対して注意散漫になり過ぎたと内心舌打ちをする。

「危ないから下がったら?」
「そうする。ありがと」
「・・・別に。怪我すると骸様に叱られるから」
「ふーん。好きなんだね、クフフさんが」
「クフ・・・・・・まぁ、尊敬している」

そんな会話をしていると、背後で「あー!」と誰かが叫ぶ声がした。

「てめぇ、骸!」
「何しに来たんだ?!」

モーゼの十戒のように割れた人波を通り抜けて来たのは、平凡な生徒が大多数の並盛では平凡と呼べない3人組。人目を引く銀髪少年とバットを持った野球少年に羊のようにオドオドとしている栗色の髪をした少年。ぱっと見、綺麗、カッコイイ、可愛いと呼べる少年達だが、3人とも恭弥のブラックリストにばっちり登録されている問題児達だ。私の横に居た眼鏡くんと、別の所に居たクフフの彼のもう1人部下であるピョンくんが彼らに気づき、睨み合いを始めた。それを止めようと羊の彼が静止するが、呼び掛けも虚しく銀髪の少年が両手にダイナマイトを、野球少年がバットを振った瞬間、真剣に変わるという、マジシャン顔負け、エスパー並のイリュージョンを発揮した。その見事な腕に思わず拍手をしてしまったが、普通なら訝しげに思うのだろうが、野球少年の彼は「ども」と爽やかな笑顔を浮かべた。対するクフフ一味の彼らも武器を構える。帽子くんはヨーヨー、ピョン君は歯を。・・・歯?!

あの年で入れ歯なの?!可哀想に・・・。きっと彼も色々何かあったに違いない。今度、会った時には歯に優しい何かをプレゼントしてあげよう。カルシウムは必須だ。




しかし、ヨーヨーvsダイナマイト、真剣vs歯では勝負が目に見えている。どう見ても圧倒的にクフフ一味の方が弱いだろう。武器に差があり過ぎる。なんて思っていたら、意外と良い勝負になっていた。見た目ヨーヨーはヘッジホッグと言う名前があり、中から毒針を放つと言う、見た目はお子様の玩具なのに中身はえげつない武器だった。ピョンくんも動物の特技を使いこなせるようで、真剣を振り回す野球少年と互角に渡り合っていた。




ドーンとダイナマイトの爆発音がする。死ねとかコラとか威勢の良い声がする。地面が削れ、校庭にクレーターが出来た。それを見た羊少年が「あああああっ」と悲鳴を上げた。

「人生、何事も諦めが肝心だよ」

ポンと羊少年の肩を叩くと、羊少年は切なげに溜息を吐いた。彼もまた苦労しているのだろう。

「君も大変だね」
「あ、まぁ、慣れましたけどね」

あはは、と苦笑いをする彼と二言三言会話していると、不意に傍に嫌な気配を感じた。振り向けば放物線を描いて飛んで来るダイナマイトが見えた。何とかしようと手をかざすが、その前に羊少年が華麗なる進化を遂げた。他者を寄せ付けない冷ややかな威圧感。額には炎が揺らめいており、手にはグローブ。地を軽く蹴って高々と飛び、ダイナマイトを掴むと校庭の一角にある池に投げ込んだ。池は軽く水飛沫を上げた後、しばらくするとまた静かな水面に戻った。どうやら爆発前に消えたらしい。大した神経だと感心していると、羊少年改めクールビューティくんは、「もう怒った!」と額に憤怒のような激しい炎を宿すと、乱戦中の白煙の中に駆け出して行った。まず、手始めに銀髪の少年と帽子くんの間に入り、あっという間に制圧した。帽子くんの懐にあっさり入ると一撃で沈め、仲間である銀髪の少年にも「ダイナマイト使う時には気をつけてって前に言ったよね!」と教育的指導とも取れるチョップをかましていた。気絶した帽子くんの横で銀髪少年も崩れ落ちる。「十代目、申し訳ありません!」と男泣きする少年を冷ややかに見据えた後、もう1組のバトルにも乱入し、こちらはピョンくんだけを膝蹴り1つで倒していた。本気で怒っているのに気が付いたのだろう。野球少年は肩を竦めて見せた後、真剣をまた素晴らしいイリュージョンでバットに戻し、観戦に回った。最後、1組。恭弥とクフフの彼のバトルは流石に止められないだろう。そう思っていたのに、思いの他に元羊少年、現クールビューティーは強かった。




ゴンッ




物凄く良い音を立てた後、恭弥とクフフの彼は地面にそれぞれ膝をついた。エスパーとは言え、動体視力や体力は普通の人間となんら変わりの無い私には何が起こったのかわからなかった。クエッションマークを浮かべて「え?え?」と不思議そうに呟くと、横に居た野球少年が振り向いた。

「今の見えました?」
「いや、全然」
「ツナの奴が雲雀と骸の襟首掴んで頭突きさせたんです」
「・・・やるね」

恭弥もクフフの彼とおでことおでこをごっつんこ、なんてしたくなかっただろう。帰ったら非常に機嫌が悪い可能性が高い。今日は和食に決定だ。ハンバーグも付ければ食後には機嫌も何とかなるだろう。




そんな事を考えている私の目の前では、クールビューティーくんの説教が続いている。絶対零度と言う言葉が似合うほど、凍えるほどの威圧感を漂わせながら淡々と喋る彼は少し離れた所に居る私が見ても結構怖い。草壁くんが風紀委員を率いて来たけれど、着いた途端、信じられないと言った青褪めた表情に変わった。それも仕方が無いだろう。あの恭弥を黙らせる事が出来る人間など、この世にまさか居るとは思わなかった。

「いつ終わるんだろうね」
「そうですね」
「ツナ、1度マジで切れたらなげーからなぁ」
「草壁くん、先帰って良いよ」
「いえ、自分も待ちます」
「そう。野球少年も友達を待つの?」
「野球・・・って見たまんまですね。俺も待ちますよ」
「俺、山本武って言います。あそこで倒れてるのが獄寺隼人。そこで説教しているのが沢田綱吉、ツナです」
「山本くんに、獄寺くんに、沢田くん、ね。顔は知ってたんだけど、名前は知らなくてね。あ、私の名前はね」
「あ、知ってます。さんですよね。雲雀の幼馴染の」
「そうだけど、良く知ってるね」

「有名ですから」なんて言う山本くんと雑談を交わす事、1時間。言いたい事を全て言って気が抜けたのだろう。クールビューティーくん、沢田くんはまた元の羊のようなほんわかとした雰囲気に戻り、まだ立ち直れない銀髪少年、獄寺くんのもとに走って行った。私も草壁くんに頷いて見せた後、恭弥の所に走った。

「恭弥」
「・・・・・」
「恭弥」
「・・・・・」

無視である。これは大分機嫌が悪い上、疲弊し切ってる。

「恭弥、帰ろう」
「・・・・・・」
「夕食は和食だよ」
「!」
「ハンバーグも付けるよ」
「うん」
「さ、帰ろう」

地面に座り込んだ恭弥に手を差し伸べ、立ち上がらせる。普段なら「ありがと」と言って放すのに、繋いだまま「さ、帰るよ」と言ってスタスタと歩き始めた。私も動き出そうとすると、空いた手が掴まれ、体を引っ張られた。振り向けば、クフフの彼だった。




バチバチバチとまた火花が散る。あれだけ暴れておきながら、あれだけ説教されながら、まだ暴れなりないらしい。




ハァ、と私と沢田くんの溜息が茜色の空の下で重なって聞えた。