朝、家のドアを開けたら玄関から門までのほんの数メートルの道に、ゴロゴロと大量に大きな黄色い物体が転がっていた。日本最南端でなら栽培されているであろう物体は、閑静な住宅街の一軒家の前に大量に転がっているのには明らかにおかしい代物だった。1個いくらしたんだろうか。季節は秋から冬に移行しつつある今、結構な値段ではないのかと考えた後、ああ、そういえば幻術と言う可能性もあったと、もう1つの可能性が浮かび上がった。とりあえずその辺にあった中の1つに手を触れれば、間違いなく本物だと言う事と、これを置いて来た犯人の正体が読み取れた。最も、犯人に関しては転がったフルーティーな物体を見て、最初から見当が付いていたけれど。昨日と同じように携帯で電話を掛ければ、こちらはある程度予想していたのか2コールで電話に出た。
「あ、もしもし、千種くん?私だけど。その辺にパイナポー居ない?え?誰って?パイナポーはパイナポーだけど。・・・・・・・・えーと、もしくはクフフさん。あ、居る?じゃあ、代わって。・・・・・もしもし、何、これ?お歳暮の時期にはまだ早いと思うんだけど。え?昨日、薔薇の贈り物されてたから、僕の事を忘れられないように、僕にそっくりな果実を贈ってみたって?いや、それ、ちょっと自虐的じゃない?僕をた・べ・てって、食べたくないわっ!いや、食べられたくもないよ!・・・まぁ、パイナップルは確かに好きだけど、時期ずれてるから酸っぱいよ、きっと。はぁ?!1個そんなに高いの?!何でそんな高いの買うかなぁ。あー、もー、どうするのよ、こんなに沢山。・・・食べろって私1人じゃ無理だってば。えー。じゃあ、色々作るから、今度、千種くんに渡しておくね。え?取りに来る?やめてよ。また、恭弥とバトルする気でしょう?近所迷惑になるから断ります。・・・はぁ、仕方ないなぁ。出来たら電話するから、それまで大人しくしてて。じゃあ、千種くんと犬くんにもよろしく伝えておいて。それじゃあね」
ピッと電話を切ると、目の前の黄色の数々に思わず溜息が出た。あまりにも多過ぎるので、使い道について思い浮かぶだけ思い浮かべて見ても、思い浮かんだ分作ってもなお余りある量に面倒だと思ったのは昨日も同じ作業をしたからだ。
表向きイタリアの若き実業家となっているディーノさんから贈られた赤い薔薇は、家の至る所に飾るだけ飾り、お隣の雲雀家にも飾れるだけ飾り、ジャムや石鹸など色んな物に加工したが、フリーマーケットで店が開けるんじゃないかと言うくらいの量になった。冷蔵庫や棚をかなり圧迫する数になったので、近日出店してみようかなと思う。折角貰った以上、全て自分で使い切りたかったが、私1人では使い切る前に確実に半分以上が賞味期限や使用期限を過ぎそうだ。
・・・・・・なんて考えていたのに、まさか次の日も同じ目に遭うとは。とりあえずドライフルーツとかパイナップルチップスとか、日持ちする物を作ってあのクフフなパイナポーにあげよう。あ、昨日の薔薇のあれもフリーマーケットに出さずにディーノさん達にあげるのも手だ。お礼にもなるし。・・・・・・だけど、ディーノさん達受け取ってくれるかなぁ。マフィアって毒とか常套手段だろうし。ロマーリオさんに後で聞いてみますか。
「」
「あ、おはよう、恭弥」
「おはよう。ところでこれは何?」
パイナップルって下品な感じがして嫌いなんだけど、と恭弥はあからさまに顔を顰めて言った。昔は平気だったので、間違いなく恭弥のパイナップル嫌いはあのパイナポーから来ている。
「クフフの彼から贈り物らしいよ」
よくわからないけど、と付け加えれば、シャキンと音を立てて恭弥愛用のトンファーが出て来たかと思えば―――。
「あ」
グシャリと歪むような破裂したような音を立てて、足元のパイナップルが手始めに血祭りに上げられた。この場合、噴き出しているのは血じゃなくて果汁だから果汁祭りと言えば良いのだろうか。まぁ、どうでも良いんだけれど。
親の仇と言わんばかりにパイナップル達を睨み付ける恭弥のギラギラとした雰囲気にそぐわない、何ともフルーティーな香りが周囲に広がる。まずは手始めに1つ潰した恭弥はそのまま足を上げ、そのまま垂直に下ろした。再びグシャリと音を立て、無残な姿に変わり果てたパイナップルを足蹴にし、恭弥が楽しそうに口角を持ち上げて笑う。絶対、今、パイナポーを思い浮かべて踏み潰したよ!しかし、硬い皮で覆われたパイナップルはトンファーならともかく、革靴では到底潰せない代物だと思うんだけど。・・・・・・靴に鉄板でも仕込んだのだろうか。まぁ、恭弥は何でもアリって感じだからその気になれば素足でも出来るかもしれない。そんなどうでも良い事を考えている間にトンファーは再び閃き、グシャグシャグシャと連続してあの音が聞えた。そろそろ止めないと不味い。後片付けも面倒だけど、家の前からしばらくフルーティーの香りが漂い続けるのも勘弁だ。
「恭弥」
「何?今、忙しいんだけど」
「ここは私が片付けるから、恭弥は本体倒しに行ったら?」
「・・・そうする」
果汁の滴るトンファーを1度振ると、今日は先に登校していて、と言う恭弥に、これ片付けるから今日は休むから頼める?と返せば、草壁に言っておくよと言って恭弥はパイナップルの親玉を倒す為に歩き始めた。
「いってらっしゃい」
「行って来る」
今の恭弥の意欲を現すように、エンジンが威勢良く音を立て、恭弥はこちらを一瞥した後、颯爽とバイクに跨って走り去って行った。視界内から完全に消え去ってなお数分経過した後、私は再び携帯を取り出し、先程掛けた番号にまた掛けた。まるで電話を待っていたかのように、1コールしたかしないかの所で向こう側が出る。
「もしもし?・・・・・・・何で千種くんの携帯に君が出るの?え?こんな気もしたから待ってました?・・・・・・それって想定内って事でしょう?まったく性質が悪い。今、恭弥がそっちに行ったから。うん、君をボコりに。耳元でクフフとか言わないでよ。しかも、今、フが物凄く多かったよ!喜ぶな、この変態!!・・・・・・うわぁー、今、完全に引いたわ。変態って言われて喜ぶ人、初めて見た。あー、もう、と・に・か・く!千種くんと犬くん貸してよ!何に使うって?このパイナップルを加工するの手伝って貰いたいんだけど。・・・うん、とりあえずドライフルーツとチップス作る予定。ああ、じゃあ、帰る時に渡すね。え?犬くんだと勝手に盗み食いするから、渡すなら千種くんにすれば良いのね。わかった。じゃあ、とりあえず・・・・・・って恭弥、もう着いたの!早!・・・・・・え?どっち応援するって?恭弥。即答に決まってるでしょ。だって大事な従兄だし。だーかーらー、何でそこで嬉しそうに笑うのよ!さっきよりフが多かったよ!あー、もう切るね。恭弥、君に関しては生死問わずに噛み殺すから、精々生き残る事を祈ってるよ。それじゃあね」
ピッと携帯を切り、思わず空を仰ぐ。電線に止まった雀達の、チュンチュンと鳴く声はこの上なく平穏だ。大より小より並が良い。頭に浮かんだ並盛中学校の校歌に、今なら今までに無いほど共感出来る。並、最高。平凡、最高。そんな私は超能力者と言う事を差し引いても、あの恭弥に頼んで学校欠席を公欠扱いにして貰っている時点で、並とか平凡とは程の遠いのかもしれないけど。
甘酸っぱい匂いが強くなった気がしたので、とりあえず恭弥が潰したパイナップルを処分すべく、ゴミ袋を取りに家の中に戻ることにした。
それは翌日の日の朝のこと
「クフフフフ。さん、貴方の事、ただの従兄って言ってましたよ」
「そっちの事はパイナポーって言ってたけど」
「さんが付けてくれたあだ名なら何でも構いませんから、僕は」
「僕は名前で呼ばれているから別に良いけど」
「一生、あだ名で呼ばれない訳ですね」
「そっちこそ、一生、下の名前で呼ばれないだろうね」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・殺しましょう。そうしましょう!!」
「・・・同感だね。噛み殺す!!」
変態呼ばわりされて喜ぶ趣味は無いけれど、好きな子に何を言われても嬉しいクフフなパイナポーと、パイナップルを踏み潰すフルーティーな香りのする風紀委員長。草壁さんは委員長直々の命令に嬉々として公欠手続きをすれば良い。