一昨日は薔薇、昨日はパイナップルだった。今日は何が来るんだろう。流石にパイナップル以上の物はもう来ないだろう。中間を取って・・・


薔薇の花束を持ったパイナポー


想像した瞬間、思わず噴き出してしまった。ここが人目に付く場所なら私は妙な子と言うレッテルが貼られてしまうだろうが、生憎とここは私の家の中なので何ら問題は無い。今日は何が来るのだろう。8割の不安と2割の期待感。その2つがごちゃ混ぜになった気持ちで、私はドアを開けた。


何も置かれていなかった。

「君が・・・」

その代わり、見覚えの無い不精ヒゲの青年と中年の間くらいの年齢の男が、今まさに玄関のチャイムを鳴らそうと指を伸ばしている所に遭遇した。

「君がさんだね?」
「いえ、違います」

と書かれた表札の前で、私は堂々とした態度で嘘を吐いた。




押し売りお断り




自分で言うのもアレだが、私はこれでも学校では真面目な生徒で通っている。宿題を真面目にこなし、授業中は静かにし、基本的にはさぼらない。例外があるとすれば、恭弥からの呼び出しだが、呼ばれた瞬間、教師の方から「早く行きなさい」と言われるくらいなので、書類上は3年間、無遅刻無欠席だ。だけど、私の本性は真面目とは程遠い所にある。


無精ヒゲを生やしたこの男は、優しい目をしているのに、目を見た瞬間、背中がざわりと粟立った。こう言う感じがした時は、大抵嫌な事が起きる。昨日も一昨日も起きなかったのだから、薔薇やパイナップルでは済まないレベルの厄介事がやって来たようだ。


超能力を持ってはいるが、基本的に私は厄介事からは逃げるスタンスを取っている。平穏はつまらないとか、退屈と言う人間は自ら事件の渦中に飛び込んで行くだろう。しかし、私は飛び込まない。恭弥の傍に居るだけで、充分過ぎる程、スリリングな時間を過ごせるからだ。それ以上は正直いらない。恭弥が居ない時くらい、平穏に過ごしたいのが本音だ。

「・・・君がさんだ」

質問では無く、断定で返された。事前に調べて来たのだろう。別に驚く事でも無い。恭弥の弱点として、真っ先に挙がるとすればそれは私だ。ぱっと見、ごくごく普通の女子中学生を人質に取る。裏世界の常套手段はそれなりの成功率があるからこそ、今日まで絶えず続けられて来ているのだろう。


困ったように首を傾げ、無言のまま、相手の動向を窺う。今まで誘拐され掛けた事は、実に8回。ごくごく普通とは言えない回数だが、その全てを未遂で終わらせているのだから、私はやはり普通とは言えないだろう。通学中、人気の少ない所で数人に、と言うのが今までのパターンだったが、自宅までやって来たのは初めてだったので、どう相手が出て来るか見当も付かなかったので、相手の出方を待つしかなかった。




ごそごそと男が懐から何かを取り出す。拳銃を突きつけられた経験もあるので、身構えれば、私の動きに気付いたのだろう、ゆっくりと小さな小箱を取り出した。小型爆弾。落とすと爆発するタイプとスイッチを押せば爆発するタイプ、どちらも経験済みだ。・・・・・・本当、普通って何だろう。今度、沢田くんと話してみようかと思う。


無言で男は箱を開けた。指輪だった。しかも、ごつい。男物で鈍い光を放つそれは、アンティークと呼べる品物だったが、何故か半分に割れたようなデザインだった。

さん。君に雷の守護者になって欲しい」
「・・・・・・は?」

指輪片手に言われました。プロポーズ・・・・・・じゃなくて、守護者勧誘。




「跳ね馬から聞いている。君は非常に優秀だと」

説明も無いまま話を進められたので、すぐに私の頭の中はハテナマークで一杯になった。守護者って何?跳ね馬って何?争奪戦って何?謎だけが残されるまま、男は最後に「守護者になってくれないか?」と話を締めた。

「謹んでお断りします」

押し売りさながらの強引さで勧誘されるものの、全力で拒否し続けた私は、「そもそも跳ね馬って何ですか?」と尋ねた所、思わぬ人物の名前を聞く事になった。跳ね馬、ディーノ。ふわふわでハチミツみたいな綺麗な金髪の王子様は、見た目を裏切った異名を持っているようだ。部下が居る時と居ない時ではギャップが激しいとロマーリオさんから聞いてはいるが、如何せん、初対面の印象が強過ぎたお陰で、ディーノさんと言えば、顔は良いけれど部下が居ないと駄目駄目なボスと言うイメージしか無い。

「君は例を見ないsensitivoだ。是非、ボンゴレに入って貰いたい」
「マフィアは御免です」
「しかし、君の従兄は受け取ったぞ」

その言葉に思わず耳を疑った。受け取った?あの恭弥が。

「嘘ですね」

相手に触れなくても、それが嘘だと言う事がすぐにわかった。あの恭弥が誰かの下に付く。空から槍が降ろうと、それだけは無い。

「嘘では無い。六道骸と再戦出来る可能性があるから、彼は受け取ったよ」
「骸。ああ、クフフさん」
「彼は今、ヴィンディチェの牢獄だ。一般人はおろか、マフィアでも手の出せない環境下に移された。再戦を望むなら、マフィアの世界に入るしかない」
「え?昨日、私、電話しましたよ」

正確には千種くんの電話に掛けたが、間違いなく電話は繋がった。私の電話は海外通話は出来ないので、間違い無く彼は国内に居るし、恭弥が殴りこみを掛けれたのだから、ここからそう遠くない場所に居る筈だ。

「・・・それはクロームの方だろう」

遠く離れた所に居るクフフさんを自らの肉体に憑依させる能力を持つ女の子。能力だけ聞いた限りでは、とても友達になれそうにない女の子だ。クフフさんを憑依とか。怖い。かなり怖い。何をされるかわかったものじゃない。奴は僕を食べてと言う、変態と言われて喜ぶ変態さんだ。私なら全力で拒否する。

「さあ、君はどうする?さん」
「やりませんよ。恭弥の手伝いなら、恭弥から言われたらやりますし。私、力はありますけど、基本的に平穏な生活大好きなんですよね」

「そういう訳でお断りします」と言えば、残念そうな表情で「そうか」と男は呟き、「邪魔をした」と言って立ち去った。家の門に背中を預けたまま、こちらをずっと窺っていた恭弥の前で立ち止まる。2、3会話を交わした後、男は立ち去り、恭弥がゆっくりとした足取りでこちらにやって来た。

「僕は受け取ったけれど、組織に入るつもりはないよ」
「多分、そうだと思った」

「騙される訳ないでしょ」と言えば、「当たり前だよ」と当然と言った顔で返って来る。いつもの私達だ。恭弥が守護者になろうと、それは変わらない。

「うわ、早く行かないと遅刻する!恭弥、後ろ乗せて!」
「早く乗りなよ」

愛車の後ろに乗ると、恭弥はいつも通りの速度、つまりは法定速度を完全に無視した速さで走り出した。免許こそ持っているが、ヘルメットを着用せずに速度制限無視。私の方もヘルメット無しと、真面目とは言えない状態だ。


恭弥の傍はいつもスリリングだ。平穏な生活を好む私だが、恭弥が傍にいるならまた別問題だ。大人になっても、恭弥に彼女、愛人、奥さんが出来ようとも、私達の本性はおそらくこのまま変わらないだろう。何らかの形で、きっとずっと一緒にいるに違いない。


親愛なる従兄と今日も私は走り出す。








「・・・毎回、思うんだけど、どうして私について君はそんなに詳しいの?」
「クフフフフ。さんの事は何でもお見通しです」
「いや、答えになってないし。・・・ま、君って恭弥以上に何でもありって感じがするから良いけどね」
「クフフフフ。それで、これ、受け取って貰えます?」
「・・・何も仕掛けてないわよね?」
「ええ。何も仕掛けてないです」
「それなら貰う。ありがとね。あ、そうだ。今度、クロームって子に会わせてよ」
「凪、ですか?」
「うん、駄目なら駄目で良いけれど」
「駄目ではありませんが、貴方がそんな事を言うとは思わなかったので、少し驚きました」
「え、見たいよ。君を憑依するって言う女の子!」
「能力さえ無ければ、ごくごく普通の女ですよ」
「私も能力さえ無かったら、ごくごく普通の女なんだけど」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・気が合いそうです。凪と」
「ふーん。楽しみだわ」



パイナポー、電波を受信し、薔薇の花束持参で参上。